小説 3
ノーサイン・7 (完結)
我がままでゴメン。
好きになってゴメン。
……三橋は何度も、そう言った。
もうやめるから。
好きなの多分、消せるから。
無かった事にできるから。
……ぽろぽろ泣いて、そう言った。
何でオレ、今まで気付かなかったんだろう。
こんな真っ直ぐな気持ち、いつもいつも貰ってたのに。
何で今まで、一体何回、何球、受け流して来たんだろう。
そんでこいつは、一体今まで、どんだけ傷付いて来たんだろう。
全身使って、全部投げてたもの、受け取って貰えねーで。
オレが、集中してやらなかったせいで。
ようやく気付いた時には、もうこいつは、全部消そうとしてる。「好き」のあふれない、冷たい顔になろうとしてる。
そんなのは。
……そんなのは。
「集合ー!」
モモカンの合図で、みんながベンチ前に集まって来た。
田島がさり気なく三橋に寄って、泣き顔をみんなから隠してやってる。
オレはそんな事、思い付きもしなくて、ぼうっと立ってるだけだった。
ダウンの間も。今までずっとオレと組んでたくせに、三橋は、すごく自然な感じで田島と組んだ。
三橋の目は赤かったが、それでも普通に、自然に、田島の前で笑ってた。
じっと見てたら、三橋と目が合った。
三橋は、それまで浮かべてた笑みを……消して。冷たいくらいの無表情になった。そして、ふいっと顔を背けた。
ダウンが終わっても、ベンチで着替えてる最中も。三橋はもう、オレの顔を見なかった。
何で?
いや、分かってる。「好き」をなくす為だ。なかったことにする為だ。
三橋はオレの事が好きだから。好きだから、もうオレの前で笑わねーんだ。オレの顔を、もう見ねーんだ。
何で?
何で?
別に、「好き」をなくさなくて良くね?
好きでいてくれても。良くねーか?
別に、困らねーし。
つか、嬉しいし。
嬉しいし。
「あー……」
はっとした。
今、気付いた。
「バカみてー、オレ」
ふふっと笑う。それから、三橋を呼んだ。
「三橋、話があんだ。ちょっとだけいーか?」
三橋はうつむいたまま、大きく息を吐いて、それからあの顔でオレを見た。オレを睨むように見据え、感情のこもらない声で、「いいよ」と言った。
帰り道。オレと三橋はみんなと別れ、小さな公園のベンチで向かい合った。
田島が最後まで心配そうにしてたけど、三橋が小さく笑って何か言って、それで結局帰って行った。
「あのさ、返事。まだしてなかったろ」
「……? う、ん?」
三橋は分かってなさそうに首をかしげて、分かってなさそうに、うなずいた。
こいつ多分、自己完結しちまって、オレの返事とか、期待してなかったんだろうな。そう思うと、ちょっとムカついた。
「さっきの、好きってやつ」
オレが言うと、三橋が一瞬、息を詰めた。よし、通じた。
「オレ、イヤじゃねーし。お前に好きって言って貰えんの。だからさ、好きなの、やめなくていーから」
こんなの、答えになってねーかな?
でもこれが、今の正直な気持ちなんだけど。
特別に好きって訳じゃねーけど、三橋の「特別」にはなりてーんだ。
オレ、またあの球……三橋の全部がこもった球、また何度でも受けてーんだ。
「試合ん時は無理だけど、投球練習ん時は、お前だけに集中する。お前だけ見て、お前だけ考えて、お前の球だけ、受けるよ」
だって、忘れようがない、あんな球。
胸が詰まる、あんな球。
受けた瞬間、ミットから左手に、腕に、胸に。心臓にまで痺れが伝わって、「好きだ」と告げる、三橋の球。
あんな告白、一日に何度も聞かされたら、オレだってどうなっちまうか分かんねーけど。
分かんねーけど。
でもオレは、失いたくねーんだ。
他の誰にも、他のどの捕手にも、三橋のあんな球、受けさせたくねぇよ。
オレは三橋の肩を軽く掴み、声を大きくして言った。
「オレさ、もっと受けてぇ。お前の全部のこもった球。お前が投げるもん、全部受けるから。明日も、あさっても、全部受けるから。だからずっと、投げてくれ!」
「じゃ、じゃあ……」
三橋が言った。ちょっと上擦った声で。
「じゃあ、また、集中して受けてくれる、の? オレだけ、見ててくれる?」
「ああ」
オレは、三橋の顔をじっと見つめた。
「集中して、受ける」
投球練習に、サインは要らねぇ。
三橋はオレに向かって真っ直ぐ投げて。オレはそれをしっかり受けるだけ。
サインなんて、要らなかったんだ。
すん、と三橋が鼻を鳴らした。
あ、泣く? オレはとっさに思ったけれど。
三橋は「好き」のちらつく目でオレを見て、そして、ニカッと満面で笑った。
……何でかな。ドキンとした。
(完)
※マツ様:「原作沿いで高1、シリアスな馴れ初めからハッピーエンド」というか、馴れ初めだけ書いちゃったような? 気に入って頂ければいいのですが。
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