小説 3
IDENTITY・4
報酬が安いので、誰からも応募が無かったらしい。
結局、その依頼はあっさりとオレ達が受けることに決まった。
出発は明日の朝だ。
手付けとして、さっそく呪文書を手渡されたミハシは、スゲー興奮した顔で読みふけってる。
「どうだね? その呪文、使えそうかな?」
仲介屋の店主が言った。
依頼の貼ってある看板の、横の店だ。
戦利品とは別に、報酬が発生するような依頼は、大体こういう仲介業者を通して募集されるんだ。報酬の事で揉めたりしなくてすむかんな。
「蛇塚攻略に、スゴイ有利らしいから、行く前に練習しておいた方がいいね」
「練習って……」
『劫火の呪文』を、どこで練習しろって?
オレが渋い顔をしてると、店主が呑気な顔で、「川原なんかどうかな」と言った。
「燃えて困る物あんまりないし、延焼の心配もないし」
「はあ」
まあ、確かにそうだ。
どのくらいの範囲まで火が広がんのか、一度見ておいた方が怖くねーよな。
「おし、じゃあ、いっぺん練習に行くか?」
呪文書に没頭してるミハシに声を掛けると、「うん!」とまたいい返事が返って来た。
全く、こいつは移動魔法や何かより、攻撃魔法の方がよっぽど好きなんだな。
見た目はふわふわして頼りなさそうだから、初めはスゲー意外だった。
記憶を失くして目覚めた後、名前を訊かれて、「多分ミハシ?」とこいつは言った。
自分はミハシだっていう認識はあるんだけど、何か別の名前で呼ばれてた気もするんだそうだ。
最初はおどおどビクビクして、会話すらちゃんとできなかった。
よっぽど怖い目にあったんかな? 未だにどもり癖が取れねぇし、人見知りも激しい。
けど、すぐ謝る割りに強情だったり、意外に攻撃的だったり。
慣れれば懐っこかったり、スキンシップが好きだったり。
気持ちイイコトには素直だったり……。
まったく、こいつのいろんなところに、オレは惹かれてやまねぇでいる。
川原には、釣り人もいなかった。
邪魔者といえば、「オレもレア見てぇ」とか言って、ついて来たタジマくらいだ。
つってもまあ、なるべく人気の少ねぇ場所をと思って、町からちょっと離れた、荒れ野の方まで来たんだけどな。
端っことはいえ一応荒れ野だから、モンスター警戒して、背後に注意しなきゃなんねーけど、他人に怪我させるよりはマシだ。
天才剣士が一緒なら、荒れ野でも、ちょっとシャクだが心強ぇ。
何たって、「今のミハシ」が初めて使う呪文なんだから。
岩場を越え、ぼうぼうの草むらから、広い川砂利を眺める。
360度、今のところモンスターの影もねぇ。
タジマは少し離れたところで、オレ達の背中を守ってくれてる。
「おし、いいぞ」
オレは一歩後ろに下がって、ミハシに言った。
ミハシは一つうなずいて、愛用の古い杖を構えた。
「グランドファイヤー!」
ゴウッ!
唸るような音を上げて、杖から扇状に炎が走った。
たちまち目の前が、炎の海に変わる。
頬が焦げるくらい熱い。
想像以上の火力で、想像以上の速さ。
「うひょー、スゲー!」
タジマが感嘆の声を上げる。
オレもびっくりだ。
けど、何よりびっくりしたのは、火が川を飛び越えて、向こう岸にまで広がっちまったって事だ。
何が延焼の心配がねぇだって? マジ、荒れ野まで来て正解だったぜ。
「スゲーな、さすがレア」
けど、こりゃあ、力のセーブを覚えねぇとヤバクねーか?
こんな炎、制御できんのか?
オレはため息をつきながら、ミハシの横に立った。
感動と興奮でキラッキラしてるだろう、恋人の顔を覗き込む。
そして、ギョッとした。
「おいっ!?」
慌ててオレの方を向かせ、肩を掴んで数回揺する。
「どしたー?」
タジマが向こうから声を掛ける。
ミハシは真っ青な顔で、ぶるぶると震えてた。
「オ、レ……」
ミハシが、虚ろな顔で呟いた。
「オレは、ダメなんだ……」
ダメだ、ダメな奴なんだ。ミハシはぶつぶつと呟きながら、崩れるようにヒザをついた。ぺたんと地面に座り込み、ぼんやりと過去を見つめてる。
けど、ミハシの事ばかりに、気を取られていられなくなった。
「アベ!」
タジマが、珍しく緊迫した声を上げた。
はっと振り向いたオレが見たのは、タジマに迫る、3頭のワイルダーベア。
「ミハシを守れ!」
タジマが鋭く叫び、シュッと腰の双剣を抜いた。
(続く)
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