小説 3
ヒロイン×ヒロイン・6
『ターゲット収束。お疲れ様、レンレン。引き続き休暇を楽しんでね』
イヤホンからの通信が、ぷつっと途絶えた。
オレは返事できなかった。
だって、口がふさがれてた……阿部君の唇に。
前みたいに、優しく重ねるキスじゃなくて、深いキス。
阿部君の肉厚な舌が、オレの口の中に入り込み、歯茎を舌を、優しく強く愛撫する。唾液が混じって溢れかえり、オレは必死で飲み下す。
息が乱される。
気持ちいい。苦しい。幸せで……痛い。
「んっふ」
オレの口から、高い喘ぎ声が漏れた。
オレはまだ女の姿のままで、すっぽりと阿部君の腕に包まれて、マンションの屋上で抱き締められて寝かされてる。
阿部君がようやく唇を離して、優しい声で言った。
「三橋……お前、よく分かんねぇけど、三橋なのか?」
そうして、もっかいキスしようとするのを、オレは両手を交差させて防いだ。
だって、キスの意味が分かんない。
胸がいっぱいで、泣けてくる。
「忘れて、って、言った」
「泣くなよ……」
阿部君がすこし腕を緩めたから、オレはすかさず身を起こした。
ひっく、と肩が跳ねる。
「さっき、他に、好きな人、できたって、言った」
「やっぱ三橋なんだな」
感心したように言われて、きぃっ、てなる。
「ヒドイ事、した、て、思うなら、キスしない、でっ!」
グーで阿部君の胸を叩くと、その手を引いて、抱き締められる。
「いや、ヒデー事してねーわ、オレ」
そう言う阿部君の全身が、小刻みに震えてる。笑ってる……?
「ヒドっ!」
オレが両手で突っぱねると、阿部君がくくくって笑った。ホントヒドイ。
「だって、お前、三橋なんだもん。他の女を三橋と間違っちまったら最低だけど、お前の事『三橋』って呼んだって、ヒドくねーだろ?」
「う?」
他の女の人を、オレと間違う……?
オレのことを「三橋」って呼ぶ……?
「つまり、結局オレは、お前しか好きになれそーにねぇって事!」
阿部君は楽しそうにそう言って、もっかいオレを抱き締めた。そのまま唇を塞がれて、また舌を差し込まれた。
それに応えるのにいっぱいいっぱいで、真っ直ぐ座ってもいられなかった。
たちまち息が上がって、喉から甘い声が出る。
「ん、は」
「好きだ、三橋」
阿部君が素早く囁き、また唇を重ねた。
「んん、う」
もう深いキスはできない。
オレは首を振って、目を開けた。ふは、と息継ぎをしてると、今度は首筋にキスされる。
「あ、べく……」
ビクン、と全身が震えて、息を呑む。
すると阿部君が、苦しそうに言った。
「は、やべぇ」
自分から抱き締めてたくせに、ぐいっと肩を掴まれ、引き離される。
そのまましばらく見つめ合った後、阿部君がぱっと顔をそむけ、慌てたように立ち上がった。
「お前、その格好、ヤバ過ぎ」
「うえ?」
言われて自分の格好を見下ろすと、ブカブカのTシャツの胸元からは、ドームが覗いてる。その下の大きな胸は、シャツの生地を突き上げて2つ、ツンと高くとがってた。
うお、これって、もしやノーブラ?
そういや、走ってる時、揺れてたな。
それに気付くと、シャツの裾からはみ出してる太ももとか、ちょっと緩めのメンズボクサーとか、うわ、かなり恥ずかしいかも。
カーッと赤くなってたら、肩に何か掛けられた。
見れば、阿部君が着てた綿シャツだった。
「無いよりマシだろ」
ふわっと、阿部君の匂いがして、何でかな、さっきより泣きそうになった。
阿部君の車で、阿部君ちまで帰った。
誰かに見られたら困るから、と阿部君が言うので、オレは後部座席でドームを外した。
見る見るうちに男に戻る様子を、阿部君は黙って見てた。
秘密を知られた場合は……速やかに排除か、速やかに仲間に引き入れるか。
阿部君に適正があるかどうか……判断するのはコンピューターで、オレにはどうしようもない、けど。
でも、できるならずっと、一緒にいたい。
オレの事、忘れて欲しくない。
そう阿部君に言うと、阿部君もうなずいて言った。
「ああ、オレも、お前の事、忘れたくねぇ」
そうして車の中で……もう一度深いキスをした。
男同士だけど、イヤじゃなかった。
(続く)
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