[携帯モード] [URL送信]

小説 3
バースディ・フール・7
 むしゃくしゃした気分に追い打ちをかけるみてーに、次の日は雨だった。
 引っ越して以来、初めての雨。
 家から最寄駅まで自転車も使えねーし、輪をかけて不便だ。
 さらに最悪なことに、駅から大学までの途中で、数人の男女に絡まれた。

「なぁなぁ、バリホモの阿部って、お前?」

「はあ?」
 またその話か!?
 オレは相手全員を睨み回したが、見たことあるようなないような顔ばかりだった。
「誰だ、そんな噂ばらまいてんのは? 誰から訊いた!?」
 オレは、傘の柄をギュッと握り締め、遠慮のねぇ大声で怒鳴った。

「みんな言ってるよ、ね?」
 花柄の傘の女が言った。
 だから、みんなって誰だ。具体的な名前言えっての。
「誰から訊いたとか、関係ねーじゃん。オレらが知りてーのは、やっぱホントなのかって事だよ」
 見た事あるような顔の男が言った。
 あー、こいつは語学が同じクラスかも知れねぇ。いつも女連れて騒がしい奴。

「ホントな訳ねーだろ! んな風に見えんのかよ!」

 大声で怒鳴ってやるが、集団相手じゃ効き目が薄い。「きゃー」とか「コワーい」とか「怒ったー」とか、きゃあきゃあ言われて余計にムカつく。
「だってお前、男と同棲してるらしーじゃん」
 オレより背の高い男が言った。
「はあ?」
 そいつを睨み上げながら、内心ちょっとドキッとする。
 何でそんな事、知られてんだ? オレが男と住んでた事。勿論、今は住んでねぇけど……一体、誰が言いふらした?

「同棲じゃねーよ。あいつは友達だ! 友達と同居がそんな悪ぃかよ。それに、もう住んでねーし!」

 オレはきっぱりと事実を言った。
 けど、その長身の男はニヤニヤ笑って「ふーん」と流した。他の奴らも、くすくすニヤニヤ笑ってる。
 誰かが言った。
「住んでないの? 別れたんだ?」
 また、誰かが言った。
「阿部君って、やっぱタチ? それとも意外にネコだったりして」

 タチ? ネコ? 何だ、そりゃ?
 意味はよく分かんねーけど、激しく侮辱されてんのは分かる。
 何でオレが、こんな名前も分かんねーような連中に、ホモとか何とか侮辱されなきゃならねーんだよ!?

「てめーら、ふざけんなよ?」
 腹の底から低い声を出して、目の前の奴を睨む。腹の中が煮えたぎって仕方ねぇ。
 けど、そんなオレの怒りを弄ぶように、長身男が言った。

「男と別れてもホモはホモだろ? どんな男が好きなんだよ? 話のネタに、相手してやっていーぜ。そん代わり、ケツは貸せねーけど……」

 そいつが言い終わる前に、オレは傘を放り投げて飛びかかった。
「うわぁっ」
 みっともねぇ声を上げて、長身男が濡れた地面に尻餅をつく。
「きゃーっ」
「キャーッ」
 集っていた女たちが叫ぶ。

 朝っぱらから、こんな駅近の往来の真ん中で、騒がしい事この上ねぇよな。
 行きかう学生たちに、遠巻きに見られてんのがよく分かる。スゲー数の視線を感じる。でも止まんねぇ!
 オレは倒れた男に馬乗りになって襟首掴んで、思いっきり息を吸い、大声で叫んだ。


「オレはホモじゃねー! 男が好きとか、ケツ貸すとか、気色ワリーこと言ってんじゃねーよっ!」


 遠巻きにする人垣から笑い声が聞こえたような気がして、オレは凶悪な顔のまま、そっちの方を睨みつけた。
 その視線を避けるように、人垣が割れて……その向こうに。
 薄茶色の猫毛頭が、雨に濡れて立っていた。

 ハッとした。
 見られた? いや、聞かれた?
 三橋の様子をうかがうと、大きなつり目が居心地悪そうに伏せられた。

 ソウダネ、キショイネ、ゴメンナサイ。

 三橋は唇だけでそう言って、人垣の向こうに姿を消した。


 三橋に気を取られた一瞬の隙に、形勢が逆転した。突き飛ばした相手に突き飛ばし返され、濡れた道路に尻餅をつく。
「いい気味だなホモ野郎!」
「バーカ」
「ホーモ」
 そいつと一緒にいた連中が、口々に罵りながら立ち去った。
 人垣もいつの間にかなくなって、座り込んだオレの前を、数人の学生がパラパラと通る。

「くそっ」
 誰にともなく、悪態をついた。
 三橋ももういねぇ。
 ……まあ、当たり前か。朝練終わって、大学行く途中だったんだろう。きっと今頃は、バスの中だ。
 バスの中だ……!

「ふ……っ」
 さっき垣間見た顔を思い出して、何でだろう、何か辛い。
 事実を言っただけなのに、何でこんな後悔してる?
 あいつにゃ関係ねーことなのに、何でこんな、追いかけて抱き締めて「ごめん」とか言わなきゃって気分になってんだ?
 ワケワカンネーし。

 何でオレが……ホモとか罵られなきゃならねーんだ?

 尻餅ついた地面から立ち上がろうと顔を上げて、目の前の二本足に気が付いた。
 女だ。
 光沢のある、ひざ下までのロングブーツはいて、黒い傘さして、オレの前に仁王立ちになっている。
「ブザマでいい気味」
 女が言った。
 それは……初デートで、最悪な別れ方した元カノだった。


「お前か、変な噂流したの!」
 オレが立ち上がって問い詰めると、女はひらっと身をかわして、皮肉げに片頬を歪めた。
「事実しか言ってないし」
 事実って、何がどこまで事実だよ!?
「てめぇ」
 右手を握りしめてブルブル震わせると、女が軽蔑したように目を細め、嫌味な口調でこう言った。

「カレシの家に行ったら、せっせとケーキ焼いてた同居人の男の子がいて、あたしの顔見て泣いて逃げた。その事からかったら、カレシがいきなり怒りだして、出てけって怒鳴られた……って。全部事実でしょ? ホモべ君」

 言いたいことを言うだけ言って、オレの反論は一切聞かず、女は大学の方へと歩き去った。


 雨が降っていた。

(続く)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!