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小説 3
ヒロイン×ヒロイン・2
 結局オレは、何も阿部君に答えないまま、逃げた。
「ごめん、なさい」
 素早くアグファムに飛び乗って、ビルの屋上から空中へ飛んだんだ。
「あ、おいっ!」
 阿部君が何か叫んでたけど、戻らなかった。
 だって、極秘だし。

 そのまま、首相官邸の門中に逃げ込めば、例えパトカーで追われたって、大丈夫。
 首相官邸の地下に本部があって、オレはやっとそこでアグファムを返却し、変身を解けるんだ。
 何で本部が首相官邸にあるかって?
 オレも不思議だったんだけど……何代か前の首相が理解のある人で、その人の肝いりでどうとか、って聞いた。
 だからオレの表向きの身分は、公務員、だ。

 オレ専用のロッカールームで、女物の衣装を脱いで、シャワーを浴びる。
 胸の谷間のちょっと上、皮膚に張り付いてるミントグリーンのドームを強く押したら、カチッと小さな音がする。それをそのまま右に3回、左に8回、右に4回まわすと、ぽこっとネジが外れて変身が解けるんだ。
 いつもながら、変な感じ。
 みるみる体は大きくなり、胸は小さくなり、髪はスルスルと縮んで、たちまち筋肉質の体に戻る。
 ドームを外した痕は、ちょっと赤い穴みたい? これ、ネジ穴なんだけど……パッと見はそう見えない。
 スゴイ技術だと思うけど、何しろ国家機密だから、開発の詳細とか全く知らされて無いんだ。まあ、聞いても分かんないと思うけど。
 でも、まだまだ新しい組織ではあるみたい。

 さっぱりとして、司令室に向かったら、管制官のお姉さんたちがコーヒーを淹れてくれた。
「はあー」
 仕事終わりの一杯は、ホントに美味しいな。
「お疲れ様、レンレン」
 オレの事そう呼ぶのは、さっき指令を出してたイトコの瑠璃だ。

 瑠璃にはすぐバレた。

 正体がバレた場合は、速やかに排除……だけじゃなく、適正があれば速やかに引きずり込む、のがうちのモットーだ。
 適正って、コンピューターが選ぶみたいだけど。でも、多分、マイナスの欲なんかが少なくないとダメなんじゃないかな?

 女の子が変身したら、戦隊ヒーローみたいな衣装で格好いいと思うんだけど、胸にネジ痕が残るからかな、嫌がる子が多い。
「どうせ変身したって、ただ黒髪のレンレンになるだけに決まってるもん」
 瑠璃はそう言って、変身を嫌がり、結局管制官に納まった。
 何か、気になる言い方だよ、ね。
「レンレンだって、変身後は私にそっくりじゃない」
 そういう瑠璃に、
「で、でも胸は、オレの方が大きい……」
 と、つい余計な事を言ってしまって、殴られた。

 でもホント、女の子に変身したオレって、自分で言うのも何だけど、スタイルいいぞ。
 胸だって、モモカン程じゃないけど、大きいし。腰もきゅっと細くて、お尻は丸くて。普段の筋肉質が嘘みたいに、あちこち柔らかい、んだ。
 そんな体を見慣れちゃったからかな、最近、そういう……女の子の写真を見ても、「オレの方が色白い」とか「オレの方が胸が大きい」とか、そんなことばかり気になっちゃって。
 いや、勿論、オレは男だし! 女の子が好きだ!
 でも……最近、ちょっとおかしいんだ、なぁ。



 今日のバケモノには、トゲがあった。サボテンだ。
   サシテヤラー
 叫びながら、口から細くて鋭いトゲを吐く。
 吐かれたトゲは、カカカッとアスファルトに刺さり、機動隊の持つ盾に当たって、パラパラと落ちた。
 うわぁ、あれが刺さったら痛そうだ、ぞ。
 そう思ってた矢先、阿部君に声を掛けられた。

「おい、オレが前に出て守ってやる。一緒に連れてけ!」

「う、えっ」
 オレが返事するよりも速く、阿部君はアグファムの後ろに乗り込んで来た。片手には透明なポリカーボネートの盾を持ってる。
「おい、阿部君!?」
「阿部警部補!?」
 警察の人達が、ちょっと怒ってるみたいだったけど……でも、阿部君が頑固なこと、オレ、知ってる。断ったって、多分、降りない。
 だったら、時間がもったいないし!

「しっかり、掴まって、て!」

 オレは阿部君に叫んで、アグファムをブン、と発進させた。
   サシテヤラー
 ターゲットはあちこちに、鋭いトゲを吐きまくってる。
 カカカッ、カカカッ。ビルの壁面や道路の上に、ターゲットの吐いたトゲが刺さる。
 オレ達を狙ってるんじゃなくて、ただの乱射だ。でも、油断したら当たっちゃうかも知れない。
 このトゲ、収束した後は、ちゃんと消えてくれるのかな? そんなことがちょっと気になる。

「あそこに、降り、ます」
 オレは阿部君に言って、ターゲットに近い、ビルの屋上に降りた。
 透明な盾の後ろで、胸元のドームに手を当てる。
 ふわんふわん、と光の球が浮かび上がり、やがてオレの武器になる。
 ミントグリーンに輝いてるけど、しっくりと手に馴染む大きさだ。

   サシテヤラー

 鋭いトゲが、こっちに飛んで来た。けど、阿部君の持つ盾に守られて、平気。
 グローブも、ピッチャープレートも無いけど。深呼吸して、ターゲットを睨む。
 阿部君がマウンドの幅だけ、少し脇にどいた。
 うん、投げる時は、盾も阿部君も邪魔になる。それが分かってるの、阿部君はさすがだ。
 オレは振りかぶって、左足上げて、前に踏み込むと同時に腕を振った。
 誰にも邪魔されることなく、理性の光の球は、まっすぐターゲットの口に向かい……。

   サシテヤラ……

 すれ違うように、最後に吐き出されたトゲが、まっすぐオレの方に来た!
 けど、オレは今丁度、右足を地面に着こうとしてるところで……避けられない……あ、当たるっ!

「三橋っ!」

 阿部君が、トゲに向かって盾を投げ、同時にオレを抱いて、飛びのいた。
 ぐるぐると視界が回り、懐かしい匂いがオレを包む。
 阿部君に守られて、オレには殆ど衝撃がなかった。
 腕も、胸も、以前より逞しく感じるのは、きっとオレが今、女だからだけじゃない。
 刑事さんだもんね、きっと毎日鍛えてるんだな。
 そんな阿部君を、元・バッテリーとして誇らしく思う。
 阿部君に助けて貰っちゃった、な。ホントはオレの方が、皆を守ってあげなきゃいけないのに。

 けど、ちょっと待って。
 あれ、今、阿部君、何て叫んだ……?

「大丈夫か?」
 阿部君に問われ、小さくうなずいて顔を上げると、うわ、うわわ、すぐ間近に顔があって、目が合った。
 ドキン、と心臓が跳ねる。
 カーッと顔が赤くなる。
 ふ、と優しく阿部君が笑った。
 屋上のコンクリの上。
 イヤホンから「ターゲット収束」の声を聞く。

 ゆっくりと顔が寄せられて、オレは自然に目を閉じた。

(続く)

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