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小説 3
無自覚でいられたら・6 (完結)
 キャンパス中を走り回って、ようやく見つけた三橋は、売店前のベンチに座って、菓子パンに齧り付いていた。
「はっ」
 何だ、泣いてねーじゃん。
 余計な心配させやがって。
 つーか、篠岡とあんななってまで追い掛けたの、バカみてーじゃん、オレ。

 オレはため息をついて、苦笑しながら、三橋の元に駆け寄ろうとした。
 けど、数歩行って、足を停めた。
 三橋は一人じゃなかった。

 売店から、ペットボトル2本抱えて出て来た奴が、三橋に1本差し出してる。
 三橋はきょどりながらそれを受け取り、頬を染めて笑顔になった。
 いい人っ、とかきっと思ってんだろうな。
 あいつは相変わらず、他人の親切にスゲー弱い。

 オレには笑わねーくせに、何でジュース1本で、そんな簡単に笑顔見せんだよ?
 いや、違ぇ。
 何でオレにだけ、笑わなくなっちまったんだよ?
 そう思うと、さっきより胸が痛んだ。
 
 ペットボトルを三橋にやった相手は、遠慮もなく、どかっと三橋の横に座った。
 三橋が拒む訳はねぇ。だって、相手は先輩だ。
 この間の練習試合で、バッテリー組んだ先輩捕手だ。
 地肩も、体格も、ブロックも、スローイングも、そしてリードも……オレより上で。自分と組んでたら、三橋を甲子園優勝投手にしてやれたのにとか、言ってきた捕手だ。


 オレはゆっくり二人に近付き、ベンチの前に立った。
「ちわっ」
 先輩に挨拶してから、三橋の顔をじっと見る。
 三橋はキョドキョドと視線を揺らし、菓子パンで頬を膨らませたまま、気まずそうにうつむいた。
 ちょっと目が赤い。やっぱ泣いてたか。

「おー阿部。オレのエースに何か用か?」

 先輩はオレを挑発するように、三橋の背中に手を回した。
 腹の奥が焦げ付くように、イラッとした。
 あんたのじゃねぇ、オレのだ、って言いたくなる。
 けど、苛立ちをグッとねじ伏せて、オレは三橋に手を差し出した。
 三橋はきょとんと首をかしげ、持ってたペットボトルを、オレの手に乗せた。
「そっちじゃねぇ!」
 オレは、渡されたペットボトルをベンチにドスンと置き、「こっちだ!」と言って、三橋の右手を強く掴んだ。


 あ、これだ、と思った。
 やっぱり。
 ゴツくて、筋ばってて、硬いタコがいっぱいあって、でも繊細な長い指。
 ボールを投げる為だけの右手。
 好きだ。


 三橋の手を固く握り、そのままグイッと引っ張って立たせ、「話があるから」と移動を促す。
 けど、三橋はちょっとためらって、横に座ってた先輩を見た。
 腹の奥から、ムカついた。
 何だそれ、オレが話があるってのに、何で先輩の顔を見てんだよ?
 オレと行くのに、先輩の許可が必要か?

 先輩はニヤニヤ笑ってたけど、オレに聞こえるように、三橋に言った。
「イヤなら行かなくてもいーんだぞ、三橋。オレが代わりに断ってやる。だってオレ達、バッテリーだからな」

 三橋が、はっとオレの顔を振り仰いだ。
 手ぇ握ってたから、気付いたんだろう、オレの手がさっと冷たくなった事に。
 先輩の前から、逃げ出したくなった事に。
 けど、どうしても今、この手を離したくなかった。
 三橋を掴んでいたかった。
 だったら、ちゃんと話しねーと。

「話、ある、から」
 オレはもう一度三橋に言った。
 三橋はしばらく黙ってたけど、先輩にぺこりと頭を下げた。
「あ、の、失礼しま、す」
 先輩は、やっぱりニヤニヤ笑ってたけど、三橋にペットボトルをもっかい渡して、ひらひらと手を振った。

「おー。ちゃんと話しろよー? ギクシャクしたままだったら、いつまでもバッテリー組ませねーかんな、阿部」

「え……?」
 オレは、はっとして先輩を見た。
 先輩はやっぱり、ニヤニヤ笑ってる。オレを挑発するように。
 けど、これは、悪い意味の挑発じゃなかったみてーだ。先輩として、ずっとハッパかけられてたんだ。
 じゃあ、この間「オレが捕手なら……」って言ったのも、オレを奮起させようとしてたんかな?
 さっさと仲直りしろよって。
 ギクシャクどうにかしろよって。

「はい、失礼します!」

 オレは先輩に頭を下げ、三橋に「行くぞ」と告げて、手を握ったままキャンパスを走った。
 走りながら、言った。
「オレ、篠岡と別れたから」
 三橋がビックリしたように、オレの顔を見た。
「な何で?」
 訊かれたから、正直に答えた。
「振られた」
「う、え。お、オレのせい……?」
 いや、と否定しかけたけど、オレは思い直してうなずいた。

「あー、そうだな。ある意味、お前のせいかもな」
 
 ゆっくりと、足を停める。人気の無い、校舎の陰。
 オレは三橋と向き合った。
 三橋はうろたえて、「ごめん」と言った。
 しっかり握った右手から、三橋の戸惑いが流れてくる。
 多分こいつは分かってねぇ。何で「自分のせい」なのか。
 オレが何を考えてるか。

 どう伝えりゃいいだろう。
 オレはアレコレ考えながら、繋いだ手と手を握りなおした。
 もし無自覚でいられたら……こんなバカげた事で、頭を悩まさずにすんだんかな? 男にどう告白しようかなんて。
 それとも、いつかはやっぱり気付いたかな。
 ずっと一緒にいてぇって。
 三橋のことが好きだって。

 オレだけに笑って欲しいって。

  (完)

※ろめん様:フリリクのご参加、ありがとうございました。「原作卒業後、マネジと付き合う阿部・三橋との今後を考えて自覚し、画策」でしたが、そんな感じになっていましたでしょうか? ホントは三橋が無自覚なら、振り向かせる為の画策も有りだったのでしょうが、三橋は自覚済み、という設定にさせていただいております。また細かなご注文などあれば、調整しますのでおっしゃって下さい。

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