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小説 3
無自覚でいられたら・5
 すぐに追いかけようとしたけど、できなかった。
 篠岡がオレの手を、ギュっと握り締めたままだったからだ。
 振り向いたら、目が合った。
 篠岡は、今にも泣きそうな顔で、オレの顔を真っ直ぐ見た。

 オレも、ただ篠岡の顔を見た。

 そして……オレは多分、初めて篠岡の手を、固く握った。
 それは記憶にあるどの手よりも、細い小さな女の手だった。
 これじゃねぇ、って、やっぱり思った。
 繋ぎてぇのは、この手じゃねーんだ。
 繋ぎてぇのは……もっとでかくて、もっと太くて、ゴツゴツのタコだらけの、ボールを握る為の、あの手なんだ。


 違和感を噛み締めながら、オレは、篠岡の手をグイッと引っ張った。
「行くぞ」
「え、どこへ?」
 それには応えず、カフェテリアを出る。
 女達がきゃわきゃわ言ってたが、構わなかった。
 腹が立ってねぇ訳じゃねーんだ。ただ、あいつらより、三橋の方が気になるだけだ。

 けど、篠岡も放って置けねぇ。
 オレの「彼女」だっていうんなら。

 周りをぐるっと見回してみても、当たり前だけど、三橋の姿はどこにもねぇ。
 少し出遅れたし、あいつ走るの早ぇーもんな。
 ……カンケーナイ、なんて。そんなこと、あいつに言わせるべきじゃなかった。
 だって、ホントにカンケーナイのは、あの女達の方だろう?

「お前もさ、友達選べよな」
 篠岡の手を引っ張りながら、あちこちの植え込みの陰を覗き込む。
 どっかでまた、泣いてんじゃねーんかな?
 どっかで泣いてる、といって思い出すのは、3年前の今頃だ。
 あの時も三橋は走って逃げて……植え込みの陰で、震えてたっけ?

「皆、いい子なんだよ?」
 篠岡がぽつりと言った。
「イイコがあんな悪口言うかよ」
「悪口なんて……」
「あー?」
 三橋探すので忙しいってのに、脇でごにょごにょ言われて、ちょっとムカついた。
 聞こえよがしに舌打ちすると、篠岡がうつむいて立ち止まる。

 するりと自然に、手がほどけた。

 もっかい繋ごうと手を差し出すと、篠岡は首を振って、それを拒んだ。
 何が気にいらねーんだ、面倒くせー。
「あのさ。お前がオレに何を望んでんのかワカンネーけど、オレは充分お前に気ィ遣ってっし、時間だって使ってんぞ」

 篠岡はうつむいたまま、うなずいた。

「野球優先、三橋優先でいいっつったの、お前じゃねーんかよ?」
「そう、だけど」
「じゃーほら、行くぞ」
 オレはもっかい、手を差し出した。
 けど篠岡は、やっぱり首を振って、一歩後ずさった。
 オレが一歩近付くと、また一歩逃げる。

 何やってんだ、ホント、ワケワカンネー。
 早く三橋のこと、探しに行きてーのに。
 放ったらかしにしとけねーから、一緒に行こうつってんのに。
 オレは眉をしかめ、手を降ろした。

「何? 用事でもあんの?」
「用事じゃないの」
「じゃあ、何だよ?」
 篠岡は、泣いてんだか笑ってんだか、よく分かんねー顔で、首を振った。
「私、気付いちゃったんだ。おかしいって」
 何が、と訊くまでもなく、篠岡が言った。

「私、さっき一瞬、何で私も三橋君探さなきゃいけないの、って思った。だって私まだ、友達とモーニング食べてる最中だったし。でもね、それってね、野球以外の時、阿部君を私に付き合わせてるのと、一緒なんだよね。阿部君には平気で要求して、自分は面倒臭がるの……おかしいよね?」

「いーんじゃねーの、面倒くせーって思うことぐらい。オレだって、そう思ってるし」
 オレがそう言うと、篠岡は「やっぱり?」と顔を歪めた。
 そして、ますます顔を歪めて……もしかしたら、無理矢理笑って……言った。

「ごめん、私、面倒な事したくない。阿部君も、もう面倒な事しなくていい。今までありがとう、ごめんなさい」

 さすがに、はっとした。
 何を言われてんのか、何となく分かった。

「もう、オレと来ねーんだな?」
 静かに聞くと、篠岡は一粒涙をこぼして……「ごめんね」と言った。
 少しだけ、胸が痛んだ。

(続く)

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