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小説 3
無自覚でいられたら・4
 朝練の後、1限目の授業がない(または出ない)連中で、カフェテリア行こうって話になった。
 寮で食った朝メシ分は、もうとっくに消化してっから、オレも三橋も勿論参加だ。

 しまった、と思ったのは、「阿部君」と声を掛けられてからだ。
 そういや、昨日メールでカフェテリアがどうとか言ってたか?
「おー、はよ」
 篠岡のテーブルに寄ってって、ついでに、小声できゃあきゃあ言ってる篠岡の連れにも会釈する。
 そんで彼氏の義務は終わりだろ、と、三橋達の元に戻ろうとしたオレを、篠岡が珍しく呼び止めた。

「ね、こっちに座らない?」

「はあ?」
 何でそんな事しなきゃいけねーんだ?
 眉根を寄せて篠岡を見下ろすと、細い指がオレの手をそっと握った。
 ぞっとして、びくっとした。
 細くて。

「……今は、野球の時じゃないよ?」

 篠岡はいつものような口調で、にっこりと笑った。でもそれが作り笑いだって、緊張で冷たい指が語ってる。
 けど、何より違和感があんのは、その細ぇ指だ。
 何でかな。違う、これじゃねぇ、って気分。

 オレはちらっと三橋を見た。三橋はこっちなんか見向きもしねーで、メニュー表に齧り付いてる。
「あー、悪ぃけど……」
 ためらうオレの逃げ道を塞ぐように、篠岡が言った。
「そっか、女子の中に一人だけって、気まずいよね。じゃあ三橋君も呼んだら?
「いや、三橋は……」
 実はお前のことを……と、そう思いかけて、昨日の会話を思い出す。
 そうか、違うんだ。三橋は篠岡のこと、好きじゃねーって言ってたよな。

 あれ、でも、だったら。
 じゃあ、なんで三橋は、こっちを見ようとしねーんだ?
 なんでオレを避けるんだ?
 篠岡に失恋したんじゃねーんなら。
 ……なんで泣いたんだ?


「三橋君!」
 篠岡の高い声に、はっとして我に返った。
 三橋がギョッと振り向く。
 オレはとっさに、篠岡の手を振りほどいた。
 何でか、三橋に見せたくなかった。

 三橋は少しためらいながら、こっちにやって来た。
「おは、よう、篠岡さん」
 篠岡の友人達が、またきゃあきゃあ騒いだ。
「三橋君て、甲子園行った人でしょ?」
「ねー? ピッチャーだよね?」
「付き合ってる人、いないの?」
「今度さー、みんなで遊びに行こうよぉ、ね?」

 そんな次から次へと言われて、三橋が応えられる訳ねぇ。黙って視線をキョドキョド動かし、女達の顔を見比べてる。
「あー、もういいから」
 あっちに戻れ、って言おうとしたオレより先に、女の一人が「三橋君の席は、ここね」と言った。
「一緒に食べようよー。阿部君もさー、たまには彼女とゴハンぐらい食べてあげなきゃ」
「ね? サービス足りないよ?」
「千代、放ったらかしで可哀想じゃん」

 三橋はちらちらとオレの顔を見ながら、女達に促されるまま、テーブルの端に座った。
「阿部君も」
 篠岡がもっかい、オレの手を掴んだ。今度は強く。三橋の目の前で。
 三橋が、ぎこちなく目を逸らした。

 けど女達は、そんな三橋の様子も、まるで気にならねぇみてーで言い募った。
「三橋君からも言ってやってよ、阿部君たらさー」
「放課後も週末も、ずっと野球ばっかりなんだって?」
「メールもろくに返さないでさー」
「デートもした事ないって」
「ひどいよね?」
「サイテー」
 口々に寄越されるオレへの愚痴を、三橋はキョドりながら黙って聞いてた。
 けど、突然立ち上がって、息せき切って言った。

「サイテーじゃない、よっ」

 女達が一瞬、ぽかんとして喋るのをやめた。


「あ、阿部君はスゴイキャッチャーなんだ。野球が好きで、野球が大事なだけ、だよ。あ、阿部君はオレと違って、野球以外、のことも、ちゃんとできる、んだ。勉強だって、自己管理だって。篠岡、さん、のこと、だって……」


 そこまで言って、三橋はギクシャクとうつむいた。
「三橋……」
 オレが小さく呼んだら、三橋はビクンと肩を跳ねさせ、早口でごにょごにょと言った。
「ゴメン、オレ、カンケーナイ」

 そして、呼び止める間も無く背中を向けて、走ってカフェテリアから出て行った。

(続く)

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あきゅろす。
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