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小説 3
ノーサイン・1 (高1秋・馴れ初め・シリアス注意)
 夏大の準決勝の後。
 三橋に連れられて、榛名と話して、オレの抱いてたわだかまりも何か解けた。色々誤解だったとこも分かって、何かもういいやって気になった。
 けど、榛名に少し近付いたせいで、気付いちまった事がある。
 例えば、秋丸っていう、あの眼鏡の控え捕手。

 準決勝で観戦したとき、秋丸はサインを出してなかった。
 榛名はノーサインで、あいつに投げてた。

 140越えの荒れ球と、135辺りのスライダーと。その他ツーシームとか、カットボールとか。内外どっち来るかも分かんねーのに、ノーサインじゃ捕るのキツイだろ。
 オレならキツイ。ふざけんなって思う。
 けど秋丸は、あの控え捕手は、そのキャッチが難なくできるんだ。

 オレさえ見抜けなかった、投球フォームの雰囲気の違いを……あいつは感じる事ができるんだ。

 いや、別にオレ、榛名に未練とかねーけどさ。
 あいつが誰を「特別」に思ってようが、マジ関係ねー。
 オレには三橋がいるし。
 三橋がいるし。

 理想のエースの、三橋がいる、から……。




「阿部君」
 投球練習中のブルペンで。三橋が、見た事もねーような、冷たい顔で言った。
「集中でき、ないなら、出て行って」
「はあ? 何言ってんの?」
 オレは一瞬、何言われてるか、分かんなかった。

 新人戦が終わり、オレのケガもよくなって。
 これから秋大に向け、集中練習をしようって矢先の事だ。
 確かにオレは、まだまだ100%完全復帰って訳じゃなかった。勘を取り戻すの、ちょっと手探りな感じもある。そういう不安もあって、気が逸れちまうこともあるだろう。
 でも焦るの禁物って、言ったの三橋じゃね? 
 その三橋が……オレに、集中してねーとか。
 出て行けとか。ヒドくね?

 けど。三橋は、いつもの情けねー下がり眉をつり上げて、もっかい言った。
「集中でき、ない、なら、出て行、って!」

 カチンとした。
 三橋のくせに。
 オレの気持ちも知らねーくせに。
 何、言ってくれてんの?

「てめー、ざけんなよ」
 オレは三橋の胸倉を掴み、真正面から目を合わせた。
 いつもなら三橋は、目を合わす事だって苦手で。オレにこんな風にされたら、すぐに「ごめんなさい」つって、逃げ出すんだ。
 なのに、今日は違った。

 胸倉を掴んだオレの右手首を、力を込めて握り締めた。
「痛っ……てめっ」
 力任せにオレの手を引き剥がし、マジ、見た事もねーような、強い視線で。
 オレを睨んだ。
 そしてそのまま、手首を掴み、オレを引き摺るようにして、ブルペンから追い出した。

「どういうつもりだ!」

 オレの叫び声も、三橋は無視した。
「田島君、ごめん、ちょっとだけ、いいかな」
 オレに背を向け、田島を呼び、そのまま二人で練習を始める。
 無視とか。何、その態度。

「何なんだ! くそっ!」

 オレはベンチに戻り、ガシャンと防具を乱暴に置いた。
 集中できてねーなんて。そんな日、三橋だってあるじゃねーか。そんな時だって、オレ、怒ったりはしたけど、追い出したりはしなかったじゃねーか。
 何なんだよ。ホント、マジ、何なんだ。

「どうしたんだ?」
 花井がそっと近寄って来た。けど、理由が分かんねーのに、説明のしようもねぇ。

「知らねーよ。エース様はご機嫌ナナメなんだってよ。レギュラー復帰も怪しいような、集中できてねー捕手なんて、お呼びじゃないんだってよ」

 夏合宿以降、三橋と近付けたと思ってたのに。
 一方通行じゃないって。力合わせんだって。
 対等なんだって。
 オレも頑張るし、あいつも頑張るし、それで一緒にやって行こうって、誓ったのに。

 いきなり、何な訳?


 朝練習がそんなだったから、その日一日、気分悪かった。
 休み時間に寝ようとしても、ムカついて寝らんなかった。
 午後練は、オレの方から、三橋を思いっ切り無視してやった。けど三橋は、何も気にしてねーようだった。
 無視しても知らん振りしてる奴を、ことさら無視すんのも、逆にしんどい。
 花井が、青い顔で「お願い」するので、練習後、オレから折れてやることにした。

 けど、いざ三橋に話しかけようとすると、泉と田島が邪魔するんだ。

「三橋、泣いてたから」
 泉が言った。
「けど、何で泣いてるか、お前、分かってねーだろ」

 分かってねーつったって、心当たりと言えば、午後練のオレの態度? けど、先に感じ悪くしたのは、三橋の方じゃねーか。それこそ自業自得だろ。

 そう言うと、泉も田島も首を振った。
「あと2年しかねーんだぞって。三橋からの伝言」

 あと2年。
 そんな事、改めて言われなくても分かってる。
 だからこそ、こんな、仲たがいしてる場合じゃねーだろうに。
 時間だって、もったいねーだろうに。

「あいつが何で怒ってんのか、知ってんなら、教えてくれよ」
 オレの頼みに、泉と田島はちょっと顔を見合わせ……結局、首を振った。

「自分でまず、考えろ」

 それが面倒だから言ってんのに。

(続く)

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