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小説 3
あるバイト君のため息 (三橋不在・花井視点)
 ファミレスでバイトなんてするんじゃなかった、と、ホント思う。
 いや、違う。ファミレスでバイトなんて始めた事を、クソレなんかに喋るんじゃなかった。何故ならあいつは、その日の内に、元チームメイト全員に言いふらしたからだ。
 その結果、入れ替わり立ち代り迷惑な奴らが冷やかしに来て、350円のモーニングなんかで、昼近くまで粘ったりする。
 三兄弟が悪巧みしたり、クソレが偉そうに語ったり、バカップルが痴話ゲンカしたり。ホント、そういう事は、よその店でやって欲しい。

 カランカラン。
 今日もまた、カウベルの音と共に、うるさい奴らがやって来た。
「いらっしゃい……ませー」
 無意識に挨拶がトーンダウンする。
 けれど、珍しい組み合わせに、ちょっと驚く。

 泉と水谷と阿部。
 三兄弟とクソレとバカップルの内の、それぞれ一人ずつだ。
 あ、クソレは一人しかいなかった。
 というか……。

「あれ、三橋と田島は?」
 三人の座ったテーブルに、水の入ったコップとポットを置きながら、訊いてみる。
 モーニングメニューを眺めながら、泉がおかしそうに言った。
「野球部の遠征だって」

 それでか、阿部が暗いのは。
 どうせまた、三橋欠乏症に悩んでるんだろう。
 ……バカップルめ。


「三橋からメールが来ねぇ……」
 阿部がどんよりと言った。
 ……お前、高校の頃から、そんな事言ってなかったか?
 突っ込みは胸の中だけにして、取り敢えず、優しく訊いてやる。
「いつから来てねぇの?」
「昨日の晩から」
 阿部は真剣に、切なそうに応えた。
「おやすみメールはちゃんとくれたのに、おはようメールが、まだ来ねぇっ」

「面倒臭いんじゃね?」

 泉が冷たく事実を言った。
「オレ、Bモーニング。ライス。ドリンクバーは花井のおごりで」
 泉のオーダーを聞きながら、「おごらねーよ」とか答えてると、泉のケータイが鳴った。

「お、三橋からだ」
 ガバッ、と阿部が顔を上げた。慌てて自分のケータイをチェックしてる。だが、おはようメールは無いらしい。
 すると、今度は水谷のケータイが鳴った。
「わ、三橋からだ」
「はあっ?」
 阿部が大声で言った。
「嘘つけ、クソレ。貸してみろ!」
「ちょ、何すんのっ」

 阿部が水谷のケータイを取り上げた。あ、画面見た。ああ……、落ち込んだ。
「みはしぃっ」
 泣いてる。何だ、どんなメールなんだ?
「バカだ、こいつら」
 泉が呆れてる。阿部からケータイを取り返した水谷は、メールを見て吹き出した。
 泉に手招きされて、メールを見せて貰った。うわ。ホント、バカだ。

 ――田島君・作だよ〜――
 そんな本文の後に、貼り付けられた写真には、食パンにチョコで落書きされた、阿部の似顔絵が映ってた。ご丁寧に吹き出しまで付いて、「みはしぃっ!」と泣きながら叫んでる。

 まあ確かに、阿部ってそんな印象だよな。
 つか、遠征先の朝食で、あいつら随分余裕だな。

 あ、ようやく阿部のケータイが鳴った。
 最初の一音でケータイを開いた阿部は、恋人かららしいメールを見て、たちまちキモイくらいの笑顔になった。
 見たくもねーのに、阿部がその写メを、オレにぐいぐいと押し付ける。

 ――おはようv――
 そんな本文の下に貼られてあったのは、食パンの上にジャムで描かれたハートマーク。


「バカだねぇ」
 水谷が、しみじみと言った。
「つか、あんな写真で機嫌直してる阿部がバカだろ」
 泉がため息をついてシートにもたれた。
 阿部は、ニヤニヤとまだメールを眺めながら、浮かれた声で言った。
「花井ー、オレもやる。食パンとデコペン!」

「ねぇよ! 普通にメニュー見てオーダーしてくれ!」

「じゃあ、トースト」
 単品かよ。……と思ったが、もう面倒なので突っ込みは無しだ。
「オレはねー、Cモーニング、クロワッサン、ドリンクバーは花井のおごりで」
 クソレのオーダーに「おごらねーし」と返事して、オレは一旦、奥の方へと引っ込んだ。


 その後……阿部はトーストの周りを器用に齧り、ハートの形を作った。
 そしてそれを写真に撮り、さっそく誰かに送信してる。誰かって、まあ、三橋に決まってるけど。
 ニヤニヤ笑ってる阿部は不気味だが、あのイラストみたいに、店内で「みはしぃっ」つって泣かれるよりは、ずっといい。

 「平和」のボーダーラインが、最近ぐっと下がったような気がして……オレは大きなため息をついた。

  (終)

ハタ様:「三橋がいないとダメダメな阿部」のつもりですが、いかがでしょうか? お気に召して頂ければいいのですが。

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あきゅろす。
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