小説 3 無自覚でいられたら・3 オレは一体、何の為にこの大学選んだんだ? 三橋とまたバッテリー組みてぇからじゃなかったんか? そう思ってたのはオレだけか? どこから歯車が狂っちまったんだ? ……やっぱ、篠岡の事が原因か? 考えれば考える程、納得できねぇ思いが募った。 絶対的だって思ってた三橋との信頼関係が、好きな女一人のことで、こんな危うくなっちまうなんて。 あいつ、そんなに篠岡のこと好きだったんか? そんなそぶりなんて、見たことなかったぞ? 深く考えずに、OKしなきゃ良かったか? こんな思いしてまで、篠岡と付き合うメリットって何だ? 夜、「おやすみ」と言って部屋の電気を消した後。オレは思い切って、三橋に話し掛けた。 「なあ、お前さ、いつから篠岡のこと好きだった?」 けど、三橋の応えは意外なものだった。 「え、お、オレ別に、篠岡さん、そういう好きじゃ、ない、よ」 ムッとした。 「嘘つくなよ」 「嘘じゃ、ない」 「じゃあ、何で!」 何で、笑ってくれねーの。 ……そんなバカげた事言いそうになって、慌てて小声で言い直す。 「何で、オレのこと避けるんだよ?」 すると暗闇の中、2段ベッドの下の段から、三橋が小さく謝るのを聞いた。 「ごめんなさい」 謝るってことは、やっぱ意識的に避けてたんだな。 苦い思いを噛み締めたオレに、三橋は言った。 「阿部君はもう、篠岡さんのものだ、から、馴れ馴れしくしちゃ、いけない、と、思って」 「はあ?」 何だ、それ。 篠岡のものって、何だ、それ。 「何でお前がそんな事気にすんだよ? 関係ねーだろ?」 すると三橋はしばらく黙って、「うん」と言った。 「そ、だね。オレ、カンケーナイ」 その声が泣いてるみてーな声だったから、オレは慌てて手を伸ばし、紐を引っ張って照明を点けた。 上段から覗くと、三橋は両腕で顔を覆いながら、ごろんと壁向きに転がった。 「何で泣くんだよ?」 訊いたけど、返事はねぇ。 「言わなきゃ分かんねーかんな?」 返事はねぇ。 ここで諦めちゃダメだと思って、二段ベッドの梯子を降りる。 三橋の肩を掴み、こっち向かせて、目を合わせて……ちゃんと全部、話を聞こうと、して。 けど、間の悪いことに。 下に降りた途端、ヴーン、とケータイのバイブ音が鳴った。 ちっ、と小さく舌打ちをして、ケータイを開く。 案の定、篠岡からのメールで、またどうでもいい内容だった。 ――明日友達と、カフェテリアでモーニング食べるんだよ―― それがどうした。モーニングでも何でも、勝手に食べればいい。 こんな時間に、わざわざ連絡することかっつの。 「面倒くせーな」 思わず呟くと、三橋の背中がびくんと揺れた。 返信することなくケータイを閉じ、三橋のベッドを覗き込む。 「なあ。オレは、お前と野球やりてぇよ」 三橋は壁の方を向いたまま、小さく一つうなずいた。 「オレは私情とか、挟んでねーつもりだけど」 もっかい小さく、三橋がうなずく。 「女と付き合ってから、オレのプレー、鈍ったりしてっか?」 それには、三橋は首を振った。 「篠岡と別れりゃいーのか?」 三橋は、それにも首を振った。何度も。 そして言った。 「ごめん。オレ、普通にする」 それはやっぱり、泣いてるような声だったけど。 「そうしてくれ」 オレはそう言って、自分のベッドに戻り、明かりを消した。 「おやすみ」 今度は、何の返事も貰えなかった。 翌朝。三橋は約束通り、オレを必要以上に避けるのをやめた。 朝練行くのだって一緒だったし、珍しくキャッチボールも柔軟も一緒に組んだ。 投球練習も、先輩の誘いを断って、久々にオレと組んでくれた。 1ヶ月ぶりに受けた球は、相変わらずいい音立てて、ドンピシャでオレのミットに収まった。 「ナイスボール!」 笑顔でボールを投げ返す。 けど、それをグローブで受ける三橋は……やっぱり、にこりとも笑わなかった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |