小説 3
ジムランナーV・1
※※この話はジムランナー、ジムランナーU の続編になります。
通い付けのスポーツジムに、最近知らねぇ顔が増えて来た。
不思議に思って、インストラクターやってる三橋に訊くと、「夏だから」って言われた。
どうやら毎年夏が近付くと、にわか会員が増えるらしい。
薄着になると、体型がやっぱ気になるよな。
けど1ヶ月やそこら、慌ててジム通いしたところで、そんなすぐに効果が出てくるハズもねぇ。
夏休みいっぱい頑張って、9月になる頃にはフェードアウトするってのが多いって聞いて、そんなもんかと納得した。
そういうオレはっつーと、ジムに通い始めてそろそろ10ヶ月。三橋みてーなしなやかな体にはなれねぇものの、ヤバかった腹も引き締まって、ベルトが1つ緩くなった。
腹筋もくっきり割れてきて、そーだよこれだよ、ってホッとする。
ジムに行けねぇ日に自分ちでやる腹筋、背筋、腕立て伏せも、余裕で100回こなせるようになって来た。
相変わらず残業残業の毎日だけど、体力がついたのか前ほどキツくねぇ。仕事にもちょっとだけ余裕ができた。
三橋との関係も、まあ良好だ。
互いに合鍵を交換して、休みが重なった日はキャッチボールすることもある。
海外留学して専門知識を身に着け、資格を色々取ったらしい三橋は、プロのインストラクターだ。いくら投球に夢中になっても、もうやり過ぎることもねぇ。
高校時代は、「水分取れ」とか「ちょっと休め」とか口うるさく言うのはオレの方だったけど、今は完全に立場が逆転しちまった。
「阿部君、水分、ちゃんと取った?」
ジムでトレーニングしてる合間に、声を掛けて貰えたりもする。
「ジムフロアは空調、効いてるけど、油断しちゃダメ、だ」
って。
神妙な顔で言われると、「そーだな」ってうなずきつつも苦笑するしかなかった。どうやら、あんま信用ねぇらしい。
他の利用客にも多分、同じように注意喚起してんだろうけど、敬語じゃねぇってのが、ちょっと特別っぽくて嬉しい。
前から利用客に人気のあった三橋は、夏前に一気に増えた会員の間でも、相変わらずきゃあきゃあ言われてる。指名されて個人レッスンに入ることも増えたみてーだ。
プレゼント攻撃も増えたらしい。タオルとかハンカチとか渡されんのも困るけど、手作りのケーキや弁当を渡されんのはもっと困る、って。
恋人がいるって公言すりゃ、ちょっとは減るんじゃねーかと思ったけど、そういう問題じゃねーようだ。
プレゼント攻撃してくる連中は、プレゼントすんのが目的であって、それをきっかけに付き合いたいとか、どうにかなえりてぇとか、そんな風に願ってはねぇんだとか。
既婚者のインストラクターも、同じくプレゼント貰ったりするらしいって聞いて、諦めるしかなさそうだと思った。
「三橋さーん、ここどうやるんですかぁー?」
ジムフロアに響く甘えた声に、「はい」と爽やかに応じて駆け付ける三橋。オレと話してようが、利用客はそんなのお構いなしで、バンバンと声を出してアピールする。
姿勢が良く、運動神経抜群で、なのに色白で、ガツガツしてる風に見えなくて、口調も穏やか。そのくせインストラクターとしては優秀で、色々資格も持ってるっつーと、モテんのも分かる気がする。
「三橋くーん、こっちも見てぇ」
既存の利用客からのご指名も、健在だ。
馴れ馴れしく腕に触ったり、背中に手ぇ添えたり、男女逆ならセクハラっつってもおかしくねぇような時もある。
そいつはオレの恋人だ、って、大声で何度宣言しようって思ったか分かんねぇ。
更にムカつくのは、三橋がそれほどイヤがってるようには見えねーってことだ。
「あいつら、馴れ馴れしく触り過ぎじゃねぇ?」
ガッと肩を組み、ぼそりと文句言うと、じろっと睨まれた。
「あ、阿部君に、そんなこと言う資格、ない、から」
ツンと顔を背けられて「はあっ!?」って声を上げたけど、説明も訂正もされなくて、意味が分かんなかった。
ジムに10ヶ月も通ってると、さすがに正しい姿勢も身について、最近は「姿勢悪い」って三橋に言われることもなくなった。
器具の使い方だって、説明されなくてもほとんど分かる。
三橋を呼ぶ口実がなくなって、もどかしさを感じる一方で、三橋からの特別扱いも目立つようになったみてーだ。
「三橋さんと阿部さん、仲いいですね」
「いっつも引っ付いてる」
「元からの知り合いなんですか?」
春辺りから、そんな風に言われることも増えてった。
インストラクターと客との恋愛は禁止らしいけど、オレらは男同士だし、仲のいい友人関係に見えるんだろう。
実際は友人じゃなくて恋人だけど――あんま大っぴらに宣言することもできねーし、現状に満足するしかねぇ。
合鍵使って中に入った三橋の部屋で、フローリングにごろごろ転がれんのも、オレだけに許された特権だ。
三橋の手料理を味わえんのも、オレだけ。
「暑い……」
「さっきからそればっか、だ」
どうでもいいような愚痴めいた呟きに、ツンと返事する。そんな三橋の態度も、慣れれば可愛いとしか表現できねぇ。
溺れてるっていう自覚はあった。
(続く)
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