Season企画小説
ジムランナーU・1 (2016バレンタイン・会社員×インストラクター)
※この話はジムランナー の続編です。
昼休憩から戻ると、各デスクの上にいかにもって感じの義理チョコがぽつぽつと置かれてて、バレンタインを悟った。
「あれ、今日って14日でしたっけ?」
誰にともなく呟くと、「金曜だからだろ」と近くに座ってた先輩に言われた。
パソコン画面の日付を見ると12日金曜って書いてあるから、14日は日曜だ。なるほどな、と思いつつ、数個のチョコをデスクの端に押しやる。
女子社員一同からのと、生命保険のオバサンからのと、後……誰だ?
どうでもいーけど、こうやって前倒しでぱらっと置いてく時点とこが、すでに義理だ。
別にチョコは嫌いじゃねーけど、ありがたがる程好きでもねぇ。つーか、まだちょっと腹周りが気になるし。そんなカロリー高そうなのは遠慮してぇ。
毎年お返し期待されんのも面倒だし、義理なんか気にしねーからくれなくてもいーのにな。お中元やお歳暮みたいに、会社で禁止してくれりゃいーのに。
……そう言うと、先輩に呆れたように睨まれた。
「お前、さては本命できただろ」
本命、って。一瞬三橋の顔がちらついて、ドキッとする。
「……はあ?」
心外だっつって目ぇ剥いたけど、先輩は何も言わねぇうちから「はいはい」っていなして、パソコン画面に向き直った。
「本命貰えるヤツは余裕でいーよな。義理すら貰えねーって思うと、空しいぞ〜?」
そんな言葉に、「まあ……」と曖昧に同意する。
そういや先輩もオレと同じく、残業残業、飲み会飲み会の毎日だったよな。出会いのチャンスなんか勿論ない。
つっても、ホントの意味で先輩の気持ちが分かる訳じゃなかった。義理チョコも出会いのチャンスも関係ねェ。オレにはずっと忘れらんねぇヤツがいて、そいつんことしか頭になかった。
大学ん時に一度失くした恋を、そうやって5年も引きずったまま今に至る。
ヤツと再会した今、もう一方通行じゃねーとは思いてぇけど、ハッキリ寄りを戻したって訳でもなくて、前にも後ろにも進めねぇ。
三橋からチョコ貰えたりは……まあ、しねーだろうな。
はあ、とため息つきつつノートパソコンに向かい合う。
スポーツクラブでインストラクターをやってる三橋は、特に女性客に人気あるらしくていつも忙しい。
貰うチョコの量も、明らかにオレより多そうだと思った。
金曜の阿部はスポーツクラブ優先。そんな暗黙の了解ができちまったみてーで、最近は週末に飲み会に誘われなくなった。
それはそれで寂しいし、別にスポーツクラブは金曜じゃなくてもいーんだけど、やっぱ三橋がいると思うと外せねぇ。
「お先、失礼しまーっす」
残業に励む先輩らに頭を下げ、ビジネスバッグとスポーツバッグと2つのカバンを持って足早に駅に向かう。
乗換駅で乗り換えず、改札をくぐって階段を上がると、目指すビルは目の前だ。
エレベーター上がって3階に向かうと、ようやく顔と名前を覚えて来た女性スタッフが「こんばんはー」と明るい顔であいさつした。
「ちわっ」
受付を済ませるべくカウンターに近寄ると、籐のカゴに色とりどりのちっこいチョコが積まれてる。
見るともなく中を覗くと86%とか書かれてて、何だソレ、と思った。
「サービスです、良かったらどうぞー」
緩く勧められて、「はあ……」と適当にうなずくと、「ハイカカオですよー」って言われた。何のことかと思ったら、カカオ含量が高いらしい。甘くねぇ、って。
甘くねぇチョコってどんなんか想像つかねーけど、なんか今の三橋みてーだな。
「じゃあ、帰りに」
ふっ、と頬を緩めつつ、ロッカーに向かって動きやすい服に着替える。
なにしろ冬だし、長時間のデスクワークの後だ。入念にストレッチしてから、ジムフロアの奥に向かった。
フロアの中に、白と黄緑の派手な上下着たスタッフは3人。その中に、目当てのビターなヤツはいねぇ。
今頃は、スタジオレッスンの最中かな? また女どもに差し入れ貰って困ってたりするんだろうか?
「あら、こんばんはー」
「ちっス」
顔見知りになった常連と適当に挨拶交わしながら、いつものランニングマシンを選ぶ。
電源を入れ、タイマーをセットして、思い出すのは三橋の言葉だ。
『背筋、伸ばして』
背中を叩かれる痛みも一緒に思い出し、言われた記憶のままに背筋を伸ばす。
窓の外に広がるそれなりの夜景に目を向けながら、まずはゆっくり走り始めた。
スポーツクラブに通い始めたのは、「太ったんじゃない?」っつー、母親の無神経な一言がきっかけだった。
大学の時に、不用意な言葉で付き合ってた三橋を突き放し、それ以降出不精こじらせて、だらだらと後ろ向きに過ごすこと5年。すっかりなまってた体でも、ようやく息切れしなくなってきた。
オレが残業残業、飲み会飲み会の毎日を過ごしてた5年の間に、オレを見限った三橋はっつーと、カナダにまで留学してインストラクターの色んな資格を身に着けたらしい。
三橋が務めるこのジムに、オレが通い始めたのは偶然だけど――やっぱ、ちょっとは運命なんじゃねーかとも思う。
再会してから何度か寝ることはあったけど、ツンツンした態度は相変わらずだし、甘いようで甘くねぇ。
「やり直そう」つっても何も言ってくんなくて、けど、そんな苦さも自業自得だ。
甘くねぇからっつって、食わねぇ選択肢はなかった。
(続く)
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