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小説 1−8
ジムランナー・1 (社会人・リーマン阿部×インストラクター三橋)
 スポーツジムに通おうと思ったきっかけは、数ヶ月ぶりに会った母親からの、こんな一言だった。
「やだ、タカ。あんた太ったんじゃない?」

 今まで体型のことなんか気にしてなかったけど、そういや最近ベルトがキツイ。
 単純にデカくなったんだと思ってたけど、26にもなると、いい加減身長も頭打ちだよな。
 大学までやってた野球の遺産で、筋肉量にも体力にも十分自信はあったけど……残業残業、飲み会飲み会の連続で、ろくな運動もできてねぇ。
 ……腹筋って、まだ割れてたっけ?
 そんなことも、ずっと意識してなかったことに気が付いた。
「気をつけなさいよ、あんた、お父さんにそっくりなんだから」
 母親の無神経な一言が、ぐさっと胸に突き刺さる。3Lサイズの親父が、どうっと手招きしてる姿が目に浮かんだ。

 けど、だからってすぐに、スポーツジムって選択肢が頭に浮かんだ訳じゃなかった。
 だって今までそんなとこ利用したことなかったし。学生時代と同様、走ったり腹筋や背筋したり腕立て伏せや懸垂したり……家でひとりで十分やれると思ってた。
 それが甘い考えだと分かったのは、1ヶ月経ってもろくに運動できなかったからだ。
 ただでさえ、残業残業、飲み会飲み会の毎日だし。朝はギリギリまで寝ていたいし、夜は帰ったらすぐにメシにして、ついでにビールが飲みたい。
 運動するんだったと思い出すのは、風呂に入ってからのことで……そうなったら、「明日からだな」って気分になる。この繰り返しだった。
 このままじゃヤベェ、とさすがに思った。
 腹もヤベェ。
 こうなったら、やっぱ会社帰りにスポーツジムに寄って、メシ&ビールの前に一汗かくしかねーだろう。
 飲み会が減れば、その分ジムの費用にもなるし。インストラクターに可愛い子いるかも知んねーし。一石二鳥だと思った。

 さっそくネットで検索し、付近のジムを探しまくる。
 会社の近くと、家の近く、それから通勤沿線。探すと大小のジムがあちこちにあって、ビックリした。普段意識してねーけど、案外身近にあるんだな。
 あんま小さいトコだと辞めるのにも気ィ遣いそうだから、そこそこデカいとこにしてぇ。
 オフィシャルHPや口コミなんかを参考にして、色々検討した結果、乗換駅の近くのジムが一番オレに合ってそうだった。
 ネットで、金曜の夜に体験トレーニングの申し込みを入れる。
 自分でもゲンキンだと思うけど、いきなりやる気が沸いて来て、そのまま腹筋・背筋・腕立て伏せとスクワットを、それぞれ100回ずつやった。いや、やろうとした。
 まだまだ現役だと思ってたけど、数年のブランクはハンパねぇ。
 大学は勿論、中学の時だって、こんくらいの量の筋トレは普通だったのに、思うようにできなくなってて唖然とした。
 翌日は体が無茶苦茶重く、翌々日には筋肉痛になって、そのタイムラグにもぞっとした。

 そういや手ぶらじゃダメだよな、と、そう気付いたのは、当日の金曜だった。トレーニングウェアとか、シューズなんかはどうすんだ?
 慌てて昼休みに電話すると、どうもレンタルがあるらしい。
『手ぶらで大丈夫ですよ』
 電話に出た男性スタッフが、大声でハキハキと言った。
 ウェア上下のレンタルが500円、シューズのレンタルが1000円、タオルのレンタルが2枚で500円。体験は無料だけど、レンタル代が高くてため息が出る。いや、自業自得だけど。
『館内の売店でも、一式販売しておりますので、是非どうぞ』
 セールストークとは思えねぇような口調だったけど、ジムの直販って、多分かなり高いんだろうな。やっぱ無難にスポーツショップに行くべきか?
 今日はレンタルでいいけど、始めるならやっぱ買わなきゃいけねーだろうし。面倒臭ぇな、と、うんざりした。

 無意識に声に出してぼやいてたらしい。
「ん? 阿部君、何が面倒だって?」
 課長に声を掛けられて、ドキッとした。
「いや……ちょっとジムに通おうかと……」
 そしたら課長は「へえー」と声を上げて、にこやかに言ってくれた。
「確かにキミ、最近ちょっと貫禄が出て来てるからねぇ」
 って。モノは言いようだと思ったけど、どう表現しても、太って来てることに違いねぇらしい。
 母親にズバッと言われた時より、なんかダメージ大きくて、正直へこむ。
「どの辺がっスか……?」
 テンション下げつつぼやくように問うと、肩をポンと叩かれた。
「スーツ、キツそうだよ」
 確かに最近、腕が上がりにくくなって、うわーっ、と思う。見てる人は見てんだな。

「課長、ジム通いしますんで、残業減らしてください……」
 かなり切実に頼んだつもりだったけど、伝わったのか、躱されたのか。
「飲み会減らす方が先だと思うよ」
 にこやかにそう言われただけだった。

 飲み会は、言われるまでもなく減らすつもりだった。考えてみりゃ、毎週毎週金曜に飲み会やってたもんな。
「阿部、今日は行かねーの?」
 飲み会メンバーの先輩に、「すんません」と軽く謝って電車に乗る。
 目的の乗換駅までは3駅。いつも利用するけど、駅の外に出たことは、そういや今まで1回もなかった。
 案内板を見ながら、出口の番号をキョロキョロと探す。
 改札を出て長い階段を駆け上がると、見慣れねぇ街並みの中、すぐ向こうの角のビルに、スポーツジムの看板があった。

 そこで思いがけねぇヤツと再会するなんて、この時点ではまるで予想もしてなかった。

(続く)

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