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小説 3
夜明けの向こう・6
 足取りは正直、軽いとは言えなかった。
 追い立てられるように階段を下り、ドアを抜けて「サンライズ瀬戸」から「サンライズ出雲」に移動する。
 ドアを抜けて狭い階段を上がって降りて、またドアを抜けて車両を移って……。そうしてる内に列車に緩やかな制動がかかり、駅が近いんだと分かった。
 岡山で降りるのも多いんだろう。通路やデッキは荷物を抱えた客で混んできて、ただでさえ狭い中を、強引に通るのも邪魔そうだ。
 三橋のいた7号車から、8号車、9号車を抜けて10号車にたどり着く。
 夜中、三橋と2人きりでしばらく過ごしたラウンジも、今は8席全部埋まってて、おっさんらがわいわい騒がしかった。窓の外は明るくて、2人で眺めた夜空もねぇ。
 岡山駅が近付き、三橋の気配が遠ざかる。
 ポンポンポロン。甲高いアナウンスのチャイムに、ビクッとした。岡山到着の知らせと、乗り換え案内を聞かされる。
 やがて駅に到着したときも、オレはまだデッキ通路に立ち尽くしたままで。自分の席のある12号車まで戻ることもできてなかった。

 目の前のドアがガーッと開き、岡山駅のホームが見える。連結切り離しのアナウンスが聞こえたような気がしたけど、ホームに降りて眺めるような余裕もない。
 財布はあるし、すぐ近くに売店があるのも見えたけど、1歩踏み出して何かを買おうって気分にはなれなかった。
 何やってんだろう? 何がしてぇんだろう?
 モヤモヤを抱え、ふらつきながら席に戻ると、出るときは薄暗かった12号車の車内は、とうに光に満ちていた。
 ざわつきはしてても、ラウンジほど騒がしくねぇのは、まだカーテン閉めて寝てる客がいるからだろうか?
 出雲到着まで、後3時間半。
 ……オレも寝るべきか? 靴を脱ぎ、天井の低い座席に戻る。
 ホームに程近い位置の窓からは、乗り降りする客の足元しか見えない。三橋の部屋とは大違いで、視線が自然に下を向く。
 徹夜だっつってた三橋は、今からでも寝るんだろうか?
 高松到着って何時だっけ? ああ、でも、瀬戸大橋からの眺めを見逃すのはもったいねーか?

 ケータイを取り出し、ネットで時刻表を確認すると、高松到着は7時27分。そっから「いしづち1号」だっけ?
 今更調べても意味ねぇのに、どうにも気になって仕方なかった。
 寝台特急の中で知り合い、数時間話した行きずりの青年。泣き笑いの顔、不安げな下がり眉、赤い目元がちらちらちらちら脳裏に浮かぶ。
 別れ際に握手を交わしたぬくもりが、まだ手のひらに残ってる気がして落ち着かねぇ。
 三橋はどうだろう? 今頃、同じく落ち着かねぇ気分でいてくれんのかな?
 親友のことを考えて、落ち着かねぇ、眠れねぇっつってた三橋。今度は親友じゃなくて、オレのこと考えて、同じ気分でいてくれたら嬉しい。
 他の男のことじゃなくて、オレのことで頭をいっぱいにして欲しい。

 モヤモヤが募り、首筋の後ろがちりちりする。
 そうこうしてる内に切り離し作業が終わったんだろう。かすかな振動と共に、窓の外の景色がゆっくりと流れ始めて、ポンポンポロンとチャイムが鳴る。
『本日は、ご乗車まことにありがとうございます……』
 車掌の声でのアナウンスを聴いて、モヤモヤが更に募った。首筋のちりちりがひどくなって、じっと座っていられねぇ。
『終点、出雲に到着は9時58分……』
 それを聞いて、頭ん中に浮かんだのは「違う」って思いだ。ああ違う、出雲じゃねぇ、って。
「やべぇ、降りねーと」
 ぼそりと呟いて、荷物を引っ掴む。
 このまま出雲に向かったら、きっと一生後悔する。モヤモヤを抱えたまま、何度も今日のこと思い出し、三橋のことを思い出す。
 そんなのは真っ平ゴメンだ。オレは三橋の「親友」じゃねぇ。会いてぇなら、自分から会いに行きゃあいい。

 元々、大して目的もねぇ旅だった。
 思いがけず与えられた連休、旅に出たのも思いつきなら、行き先を決めたのも思いつき。このサンライズを選んだのだって、思いつきだ。
 行き当たりバッタリの旅を楽しもう。そう思ってたハズだった。
 広島の向こうには何があんのか? それを見ようと思っただけだ。出雲しかダメって訳じゃねぇ。高松や松山じゃダメな理由もねぇ。
 今日泊まるホテルさえ、手配してねぇのに――何のためらう理由がある?

 さっきチェックしてた時刻表をもっかい見ると、次の停車駅は倉敷に6時46分。あと10分で到着だ。
 急いで周りをざっと見回し、忘れ物がねぇか確認する。カバンを持って靴を履き、狭い通路をぐいぐい通ってドアを抜け、乗り口のあるデッキに向かう。
 夜中、お茶も水も売り切れだった自販機は、コーラすら売り切れて赤いランプをまとってた。
 もっと中身詰めとけよな、と思う反面、コレの売り切れがなかったらラウンジまで行ってなかっただろうし。そしたら三橋と会うこともなかったんだから、感謝するべきかも知れねぇ。
「サンキュな」
 売り切れの自販機をコツンと叩いたところで、ポンポンポロンとチャイムが鳴った。間もなく倉敷に到着だ、と、録音音声のアナウンスを聞きつつ、窓の外をじっと睨む。

 倉敷は、小さな駅だった。
 ガーッとドアが開ききるのも待ちきれず、倉敷駅のホームに降り立つ。
「岡山行きの、次の電車は何番線っスか?」
 目についた駅員に勢いきって突撃すると、駅員は困ったように周りを見回し、線路を挟んだ向こう側のホームを「あれですね」と指差した。

(続く)

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