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小説 3
夜明けの向こう・7 (完結)
 ホームの階段を駆け上がるオレの後ろで、サンライズがゆっくり走り出した。
 警笛代わりのメロディホーンに別れを告げられたみたいな気になって、やや落ち着きを取り戻す。
 階段の上には、乗り換え通路と改札があった。「岡山方面」ってデカデカと誇張され、目立つよう細工された電光掲示板が見えて、ちょっと笑った。
 『3、5番乗り場の電車はすべて岡山駅に到着します』って。つまり、オレみてーに駅員を引っ捕まえて「岡山行きは!?」って訊くヤツが多いんだろう。
 次の岡山行きの電車は、駅員に教えられた通り、3番乗り場からの普通列車だ。
 ホームに電車が来るまでの間、ジリジリしてソワソワした。
 電車に乗ってからも、同じくジリジリソワソワだった。
 何つっても普通電車だ。サンライズなら1駅だったのが、普通電車だと4駅。これが1番速く着く電車だって分かってんのに、すげーもどかしくてたまんねぇ。
 どうにも落ち着かねぇし時間も勿体ねぇから、ケータイで岡山からの乗り換え情報を確認した。

 目指すべきは、高松じゃなくて松山だ。
 岡山から松山に行く特急で1番早いのは、7時23分発の「しおかぜ1号」。時計を見ると、今ちょうど7時を少し過ぎたあたりで、間に合うかどうかはギリギリかも知んねぇ。
 岡山駅で、また駅員引っ捕まえて「しおかぜはどこだ!?」って訊くべきか?
 1駅、また1駅と、電車はゆっくり進んでく。
 通勤電車にはまだ少し早い時間帯。中心部に向かう電車の割に乗客はそんな多くなくて、スーツ姿のリーマンものんびり座席に座ってる。
 オレはっつーと、やっぱゆったり座ってられる心境じゃなくて、ドアの横に陣取って、じっと外を睨んでた。
 この電車が何分に岡山に着くのか、ネットで調べれば分かるかも知んねぇ。けど、そうしてる内に岡山に着いて、うっかり乗り過ごしたらと思うと、集中できねぇ。
 こんな焦って松山に向かったところで、三橋に追いつけるかも分かんねぇ。
 7時2分、7時6分……。乗り降りの少ない地方の駅に、電車は律儀に停車する。

『次は岡山です。降り口左側、3番乗り場に到着です……』
 そんな車掌のアナウンスが聞こえたときは、ドキッとした。いそいそと左側に移動して、そわそわと時計を見る。
 アナウンスはそのまま、やたらと長く続いた。新幹線の乗り換え案内を聞き流しながら、早く早くと車窓を睨む。
『特急しおかぜ松山行き、……番乗り場……』
 そんな言葉が聞こえて、ハッとした。けど、「何番って!?」って訊き返す相手はどこにもいねぇ。そのまま高松行きがどうの、高知行きがどうのって、乗り換え案内が丁寧に続く。
 そんなことにも冷静になれなくて、我ながら悔しい。
 アナウンスの終わりと同時に岡山に着いて、飛び降りるようにホームに出る。目についた階段を駆け上がると、四国方面のホームはすぐに分かった。
 しおかぜの自由席も、すぐに分かった。列の最後尾に並び、そわそわとケータイを取り出す。
 松山到着は何時だろう? そう思った時――ブゥンとケータイが手の中で震えて、メールの着信を知らせた。

――三橋廉――
 送信者の名前を見て、ずきんと胸が甘く疼いた。
――瀬戸大橋、渡ったよ――
 そんな短いメールに添付された写真には、あのサンライズの上階の窓から取ったらしい、鉄橋越しの空と海とが写ってた。
 今ちょうど、渡り終えたトコなんだろうか? 
――オレも早く見てぇ――
 素直な感想を送信し、「しおかぜ1号」の到着を待つ。
 そうだ、コーヒー買っとこう。そんな余裕が持てたのも、三橋から思いがけないメールを貰ってからのことだ。
 一方通行じゃない。きっと、追いかけてったって、イヤな顔されねぇ。そんな確信が、じわじわとこみ上げて胸を打つ。
 チケットが出雲行のままだなんて、そんなことも気にならなかった。自由席に乗り込んで、車掌が来たら引っ捕まえて、買い直せばいいだけだ。

 現金、多めに持ってきてよかった。
 どうにでもなる、どこにでも行ける。ささやかな万能感と、期待感に満たされる。
 しおかぜは5両編成の短い特急だった。さっそく乗り込み、空いてる席を探して座る。
 松山の到着は何時だろう?
 特急らしく、発車と同時に景色がぐんぐん動き出す。速く速くと逸る心が、ホントに速くて満たされる。
 やたらと長い車内アナウンスは、この辺の特徴なんだろうか? 苦笑しながらネットに繋ぎ、時刻表を確認する。
 「しおかぜ1号」の松山駅到着は、10時5分。
 まだ後2時間半もあるのか。そう思いながら、ホームで買った缶コーヒーを開け、熱い中身を1口飲んだ。

 三橋はもう高松に着いたかな?
 「サンライズ瀬戸」の時刻表を確認すると、高松到着が7時27分。えっ、と思って時計を見ると、ちょうど27分で、そんな偶然が少し嬉しい。
 あの上階の個室を出て、狭い階段を下り、見知らぬ駅のホームに降り立つ青年の姿を想像する。
 それから、どの特急に乗るんだっけ?
 チケットを見たハズなのにイマイチ思い出せなくて、仕方なく松山行きの特急を調べると、1番早いのが7時37分発の「いしづち1号」で、ああ、と思った。
 そういや、そんな名前だったよな。
 松山到着は何時だろう? もしあっちが先に着くんなら、ホームで待つよう連絡した方がいいかも知んねぇ。
 松山駅で待ってるだろう「親友」に会う前に――オレの方が先に、横に立ちてぇ。
 ささやかな対抗心を燃やしながら、時刻表を確認すると、松山到着が10時5分でギョッとした。

「マジか!?」
 思わず席を立ち、再び座り直した。
 2つの別々の特急が、同じ時刻に同じ駅に到着する。それはつまり、どういうことだ?
 岡山駅で連結を切り離した、サンライズのことを思い出す。
 東京行きの「サンライズ瀬戸」と「サンライズ出雲」は、逆に夜の岡山駅で、連結して繋がって1つの長い列車になる。……それと同じじゃねーのかな?
 高まる期待にそわそわが強くなり、冷静に時刻表を見られねぇ。
 「しおかぜ1号」と「いしづち1号」、どの駅で連結すんのか、震える指で検索し、宇多津駅の名を突き止める。
 宇多津に着くまで、後十数分。
 三橋を乗せた「いしづち1号」が、頭の中でゆっくりとこっちに走り出す。

 連結してすぐ会いに行ったら、アイツはどんな顔するだろう?
 驚くか? 笑うか? それとも泣くだろうか? 瀬戸大橋の景色より、そっちの方が楽しみでソワソワしてわくわくする。
 思いがけず取ることになった、平日の連休。思いつきで乗った寝台特急で、行きずりの青年に出会って、惹かれて。彼に会うため、行先変更して電車を乗り継ぎ、今夜泊まる場所さえ決まってなくて――まったく非日常もいいとこだ。
 けど、たまにはこんな行き当たりバッタリも悪くねぇ。
 少し覚めたコーヒーを飲みながら、窓の外、流れる景色に目を向ける。

『次の宇多津駅で、後ろの方に6号車、8号車を繋ぎます……』
 そんなアナウンスを聞くと同時に、いつでも向こうに移動できるよう、デッキに向かったのは言うまでもねぇことだった。

   (終)
※信三鉄道様:フリリクにご参加ありがとうございます。まっ先に書き込んでいただけて嬉しいです。「夜行列車で出会う行きずりの2人」でしたが、いかがだったでしょうか? また「ここをもっと詳しく」「ここはもっとこういう感じで」などの細かなご要望がありましたら、修正しますのでお知らせください。ご本人様に限りお持ち帰りOKです。ありがとうございました。

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