小説 3
星の中で歌わせて・4
石畳の公園の入り口で、しばらくそこに立ち、アップテンポなアレンジの演奏を聴いてると、ヴォーカルの女がマイク越しに挨拶を始めた。
『はい、ありがとうございます。いよいよ次で、本日の演奏は終わりになります。ラストはね、うちのリーダー、ドラムスの彼が作詞・作曲したオリジナルを、どうぞ聴いてください』
『よろしく!』
紹介されたドラムスの男が手を振った後、さっそくカツカツと小さなカウントが始まった。
あれ、ドラムスのヤツも歌うんかな? マイクを見てそう思った時――。
『ヘタクソ!』
ドラムスの男がいきなり大声出したんで、ドキッとした。
オレの横でRENなんて、飛び上がるくらいビビってる。ヒュッと息を呑んで硬直して、ハンパねぇ驚きようだ。
けど、それは演出っつーか、掛け合いの歌詞の一部だったみてーだ。
『お黙り!』
すかさずヴォーカルの女がマイク越しに言い返し、こっちに満面の笑みを向けた。
ヘタクソ! お黙り!
ヘタクソ! お黙り!
だってヘタクソ! だからお黙り!
恋も駆け引きも お前ヘタクソ!
リズムに乗った掛け合いの後、すぐメロディラインが始まって、オリジナルだっつー曲が展開する。
不器用な女の恋の歌、甘い女性ヴォーカルの合間に、時々ドラムスの男のツッコミが入る。
ジャズっつーよりポップスだろうけど、元々演奏してたジャズのアレンジもアップテンポだったから、それ程違和感は感じなかった。
それにしても、悪趣味な掛け合いだ。こんな音楽の場で、いきなり「ヘタクソ!」って怒鳴られたらビビるよな。
ふっと苦笑しながら、隣に立つRENを見る。飛び上がるくらいビビってたRENも、きっとホッとしてんだろう。そう思ったけど……。
「……おい?」
RENが口元を押さえたまま、真っ青な顔してたんでビックリした。ガクガク震えてて、まだショックから抜け出せていねーみてぇだ。
細い肩を掴むと、目が合った。
その瞬間くしゃっと顔を歪めて、オレの手を振り払い、RENがダッと走り去る。
慌てて駆け出したオレの耳に、女性ヴォーカルの歌が追い掛けて来たけど、集中して聴ける気分じゃなかった。
リズムもメロディも全部頭ん中から吹き飛んで、ただひたすらにRENを追う。
RENのことが好きだと言いつつ、何も知らねぇ事実が痛い。
何がショックだったのか、なんで逃げたのか。ジャズフェスを嫌がったことと関係あんのか、何も知らねぇ。
こんな足が速ぇってことも知らなかった。
「REN、待てって、REN!」
ジャズフェスで賑わう会場付近、人混みをすり抜けて奥へ奥へと走ってくRENを、必死になって追いかける。
ここで見失ったら、もう2度と会えなくなるような気がして怖かった。
噴水の横を抜け、モニュメントの脇を通り、メイン会場らしいビッグバンドステージの側を駆け抜けて。柵で囲われたデカい木々をぐるっと避け、ようやく追いついて捕まえたのは、路地に向かう手前の車止めの前だった。
「待てって、REN!」
腕を掴んで引き寄せると、RENは振り向いて顔を伏せた。
「ご、めん……」
訳の分かんねぇ謝罪。
色を失くした頬に、ぽろぽろキレイな涙が落ちる。それをぐいぐいと片手でぬぐって、RENが小さくしゃくりあげた。
「オレ、ヘタクソ、で……っ」
ヘタクソ。その単語にドキッとしながら、努めて穏やかに問いかける。
「それ、誰かに言われたんか? 店の客?」
するとRENはぶんぶんと首を振って、「ち、がう」って言いながら、また泣いた。
気にはなったけど、場所が場所だけに、落ち着いて話ができるような状況じゃねぇ。
ただでさえ人通りの多い場所だ。ジャズフェスのせいで立ち止まる通行人も多くて、泣いてるRENの方、ちらちら見てるヤツもいる。
「あ、ジャズバーの……」
そういう声もちらっと聞こえて、もしかしたら常連でもいたのかも知んねぇ。
けど、「どーも」なんて挨拶できるような状態じゃねーよな。
「とにかく、こっち来い」
細い肩に腕を回し、泣き顔を隠すように庇いながら、てっとり早く目についた公園の前のレストランに入る。
店ん中にまで、外の音は聞こえねぇ。
ケーキセットとコーヒー頼んで、出されたお絞りで顔をぐいぐい拭いてやったら、RENも少し落ち着いたみてーだ。「ごめん」って小さく笑ってくれた。
それからぽつぽつ話してくれたことによると、どうもRENに「ヘタクソ」っつったのは、昔組んでた仲間らしい。
タイミングの悪ぃことに、そいつもドラムスで。ジャズフェスのリハの途中でスティック放り投げて、みんなの前でRENを怒鳴りつけたんだそうだ。「ヘタクソ!」って。
「オレが、タイミングとか、悪い、から……」
ぽつりとこぼすRENの頭を、テーブル越しに軽く撫でてやりながら、「んなことねーだろ」って声を掛ける。
互いの即興が噛み合わなかったみてーで、それまでにも似たような衝突は何度もあったらしいけど、こればっかりは相性もあるから仕方ねぇ。
イントロに一拍ずらして入ることだって、珍しくねぇアレンジだし。いつも、オレのアレンジにだってちゃんとついて来れるんだから、RENが特別下手ってことはねぇハズだ。
でもRENにとっては、ずっとトラウマになってたんだな。
結局RENはヴォーカルを下ろされて、他の楽器のヤツが代わりに入り、歌無しでフェスに参加することになったらしい。
「それがね、群馬のフェス、なんだ……」
RENはふにゃっと微笑んで、それからもう1滴涙をこぼした。
ズキンと胸が痛む。
RENが群馬出身だとか、そんなこともオレは知らなかった。ジャズフェスに辛い思い出があったことも、言って貰わなきゃ分かんねぇ。
こんなに歌が大好きなヤツなのに。
過去に囚われず、前向きに、オレとの未来だけを一緒に見て欲しかった。
(続く)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!