小説 3
星の中で歌わせて・3
都内でジャズストリートがあるらしいって話を聞いたのは、4月のある日のことだった。ゴールデンウィークの前半、2日間かけて戸袋駅周辺の10ヶ所12会場で開催だとか。
それを聞いてオレがまず感じたのは、郷愁にも似た懐かしさだ。
戸袋のジャズストリートには、学生の頃に出たことがある。先輩らと組んだトリオだったか、カルテットだったか……とにかくすごい盛況で、多くの人がわざわざ足を止めて、オレらの演奏を聴いてくれた。
そう何年も前の話じゃねーのに、随分昔のことに感じる。久々に覗いて見んのもいーかなと思った。
ジャズストリートっつーのは文字通り、道端や公園なんかの街角を会場にして、道行く人々に演奏を聴いて貰おうっつーイベントだ。青空公園もあるけど、大小のホールや公会堂、ショッピングビルん中が会場になることもある。
つまり色々で、ジャズと同様決まったやり方なんかなくて、自由だ。
入場無料のとこも多いけど、有料な場合もある。今回、戸袋駅で開催されんのは、無料のイベントだ。
演奏する側は1人2千円か3千円の参加料を払わなきゃいけねーけど、そんだけ払う価値は十分にある。
ストリートだから、うちみてーなしんとした会場じゃねーし、イスはあるけど立ち見も多いから、ヌルい演奏してたらすぐに人が引けちまう。厳しいけど、やりがいある。
ジャズになんか興味ねぇ、一般の通行人が、ちょっとでも「おっ」って思ってくれりゃ嬉しい。拍手貰えたら、すげー嬉しい。
当時は何もかも先輩に言われるままで、自分なりのアレンジなんかもほとんどさせて貰えなかったけど、それでもそれなりに達成感があった。
そういうの思い出すと、ウズウズしてくんのは仕方ねーだろう。
今回の参加はもう間に合わねーけど、RENとも一緒に出てみてぇなって思う。
店でやるみてーに思いのままアレンジ効かせて、RENの甘い声でラブソング歌わせて。青空の下、2人の音楽を奏でられたら、すげー気持ちいいに違いねぇ。
さっそくネットで検索したら、10月開催のジャズフェスで、まだ参加者募集してるとこがあった。
場所は群馬で、ちょっと遠いけど日帰りできなくもねーだろう。
群馬のジャズフェスには参加したことねーけど、場所がどこだってやることは同じだ。好きな曲を好きなだけオレの好きなように弾き、そこに大好きなRENの歌声を乗せる。
最低参加単位は3人からってことだけど、ドラムスを使わねぇ場合は2人からでもいいらしい。
外での食事すら一緒には行かねぇRENだけど、電車乗ってぷち旅行気分で、出掛けられたらいいなと思った。
けど――。
「群馬のジャズフェス、一緒に出ねぇ?」
印刷した参加要項を手渡して誘うと、RENは顔を青ざめさせて、「ご、めん」つって首を振った。
半分ダメ元だったから、そうガッカリはしなかった。ただ、その動揺の仕方が気になった。普段、メシ断んのとは様子が違う。
「ほっ、他の人、とっ、参加……っ」
って。何だソレ、って感じだ。
「なんで他のヤツなんだよ? お前とじゃねーと意味ねーよ」
そう言ったけど、RENはぶんぶんと首を振るだけで、何の説明もしてくれねぇ。結局「分かった」っつって、諦めるしかなかった。
嫌われたら本も子もねぇ。
まあ、ジャズフェスは年中、あちこちでやってるし。その内参加出来りゃいい。
「だったらさ、その代わりっつったらナンだけど、レパートリー増やそうぜ。戸袋の古い喫茶店で、100円のジュークボックス置いてる店あるんだ。何曲か一緒に聴いてみねぇ?」
ダメ元で更に誘うと、それには興味を引けたらしい。
「ジューク、ボックス……?」
ぼそりと呟いて、RENがおずおずと顔を上げた。それを見てホッとしながら、「珍しいだろ」って笑いかける。
ジュークボックスっつーのは、昔流行った音楽自動販売機だ。中に大量のレコードが入ってて、コインを投入して曲を選べる。
今はネットに繋げた完全デジタル式のがあるらしいけど、やっぱジュークボックスっつったらレコードで、レコードっつったらジャズだろう。
コインをコトンと投入して、曲を選んで静かに聴く。
RENとコーヒーでも飲みながら、「この曲いいな」とかジャズについて語りたかった。
ただオレの1番の目的は、ジュークボックスよりジャズストリートだ。
なんでRENがジャズフェスの参加を、そんな嫌がったのか知んねーけど……偶然装って近寄って、ちょっとでも良さを知らせてぇ。
指定したのは、ジャズフェスに合わせたゴールデンウィーク前半の土曜。
RENは何の忌避もなく、その日付を受け入れた。
そして迎えた当日。店の前で待ち合わせして電車で出掛けた戸袋で、オレはしれっと改札を出て、ジャズストリートの会場側の出口に向かった。
すぐ外の駅前広場にも会場があるせいで、外に出るまでもなく、ギターとドラムスの音が聞こえる。
「お、何か弾いてんな」
わざとらしく話しかけながら誘導すると、RENもうなずいて、「ホント、だ」って笑ってる。路上で聴くの自体はイヤじゃねーんだって知って、ホッとする。
じゃあ何がイヤなんだ? ステージか?
「この曲何だろーな?」
「え、A列車、かな?」
いつもの調子で話しながら、駅前広場の前に出ると、思った以上に人だかりがあった。
パイプ椅子も並んではいるけど、立ち見も多い。横目で見ながら歩いてく、通行人はもっと多い。
「向こうでもやってるみてーだぜ」
1曲聴いてから人だかりのある方を指差すと、RENも「うん」とうなずいた。
歩いて向かうと、間もなくマイクに乗せた女性ヴォーカルが聞こえた。
Fly me to the moon
Let me play among the stars
Let me see what spring is like
On a-Jupiter and Mars
女声特有の甘い歌い方だけど、RENの方が甘ぇしRENの方が色っぽい。
「ふ、『Fly Me To The Moon』、だね」
RENが甘く笑って言った。
「TAKAのアレンジの方が、好きだ」
いきなり誉められて、不意打ちにドキッとする。
聴こえてくんのは、ピアノ代わりのキーボード。
「行、こう」
RENに無邪気に誘われて、歌声の方に小走りで向かう。
出場の誘いにはあんだけ動揺したくせに、ジャズフェス自体を嫌がってる訳じゃなさそうなREN。
ジャズが好きで歌うの大好きで、音域が広くて、でも、それ以外の経歴を何も教えてくれねぇREN。そんなRENにオレは夢中で。
In other words, please be true
In other words, I love you
歌詞じゃねーけど、ホントの気持ちが知りてぇと思った。
(続く)
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