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小説 3
星の中で歌わせて・2
 RENは元々、このジャズバーのホールスタッフだった。
 出会いは半年前。オレがソロで、ピアノライブを始めてすぐの頃。最初はピアノ弾きながら、歌もオレが歌ってた。
 正直、歌は専門外だったんだけど、ここのバーの募集が「時々弾き語りもできるピアニスト」っつー条件だったから、仕方ねぇ。
 「時々」ってことは、ぶっ通しじゃなくていいってことだろう。実際、面接でも「1時間のうち2曲程度は」って感じだったし、楽勝だと思った。
 ずっと夢だったんだ、たった1人でピアノに座り、思うままに即興でアレンジ加えて、場の空気にとけ込んだ演奏すんの。
 しーんとしてる時は、静かに1音1音丁寧に弾いて。そっから少しずつテンポを上げ、邪魔になんねー程度に軽やかな音を添えていこう。
 逆にざわざわ騒がしい時は、思いっ切りスイング効かせて、楽しく楽しく賑やかに。その内騒がしいながらも、オレのピアノに耳を傾けてくれたら嬉しい。
 「この曲知ってるー」とか、そんな雑談も大歓迎。とにかく自由にのびのびと、オレの音楽を奏でたかった。

 けどやっぱ、慣れねぇことはやるもんじゃねーんだな。
 歌ぁ歌いながら演奏はできなくもねーけど、両方に集中するってのは難しい。
 初日はなんとかやれたんだが、それでホッとしたっつーのもあったのかも知んねぇ。2日目の夜にやらかした。
 持ち歌の1つだった、定番の名曲「Night and Day」。ピアノはいい調子だったのに、バースの後半、そろそろサビだって辺りで、歌詞が記憶からぶっ飛んだ。
 ヤベェとは思ったけど、焦れば焦るほど頭ん中が真っ白になって歌えねぇ。適当に誤魔化すこともできねーで、ピアノすら疎かになって、危うく大惨事になるとこだった。
 そこを助けてくれたのが、RENだ。
 黒の上下に紫紺のギャルソンエプロン、黒のトレイを持ったRENがそっと近寄り、控えめな声で歌ってくれた。
 歌詞カードも何もねーのに、歌詞はカンペキ。失態を誤魔化すための派手なアレンジにもするっと乗って、スマートに可愛く歌う様子は、救世主っつーより天使に思えた。

 店のオーナーにも、きっと天使に見えたんだろう。
「彼とユニットを組んでみる気はないかね?」
 その夜のうちに打診されて、オレは迷わずうなずいた。
 RENの方は意外にもためらってたけど、まあ、元々ここのスタッフだった訳だし。歌うの大好きなヤツだから、説得に時間はかかんなかった。
 オレが恋に堕ちんのも、時間はかかんなかった。
 つーか、多分恋に堕ちたのは、第一声を聴いた瞬間だったと思う。

  Night and day, you are the one
  昼も夜も、お前だけ

 歌詞じゃねーけど、ホントにオレの頭ん中は、昼も夜もRENのことだけだ。
 こんなハマるユニットの相手は、今まで音楽やって来た中で、初めてっつっても過言じゃねぇ。
 音大時代はずっと、先輩や仲間と一緒だった。
 ピアノの連弾やったこともあるし、サックスやベースと組んでデュオやトリオを組んだこともある。ビッグバンドの経験もある。ジャズフェスにだって何度か出た。
 けど、ビッグバンドに誘ってくれた先輩と、音楽性が合わなくなってきて……売り言葉に買い言葉でケンカして、以来、ずっとソロだった。
 今でも勿論ソロでも弾くけど、やっぱRENがいねぇと物足んねぇ。
 オレのピアノは、RENのために。
 そんでRENの方も、オレ以外と組んで歌おうって気持ちはなさそうだった。


 2回目のライブが終わった11時、控室に戻って再びワインで乾杯した。
「お疲れ」
「お疲、れー」
 ハチミツたっぷりのワインのお湯割りをこくこく飲んで、RENがふにゃっと顔を緩める。
 けど、その可愛い様子をじっくり堪能する暇はねぇ。30分の休憩の後、RENがホールに出ちまうからだ。
 平日だし、そう忙しくもねぇけど、そんだけにスタッフも少ねぇ。
 責任感が強くて真面目だから、この後仕事だって思うと、気分的にものんびりはできねぇらしい。RENが30分きっかり休憩取ることは、滅多になかった。
 ライブの余韻に浸る間もなく、RENが白い衣装をバッと脱いで、惜しげもなく肌を晒した。
 意識してんのはオレだけみてーで、眼福な反面、目のやり場にちょっと困る。
 中に着てたノースリーブはそのままに、黒のシャツを羽織って紫紺のエプロンをキュッと巻けば、あっという間にホールスタッフに変身だ。

「後で行くから、ミスティ頼んどいて」
 控室から出て行くRENにそう言うと、RENは「わ、かった」ってこくりとうなずき、あっけなくホールに戻ってった。
 歌うことが何より好きな、歌手のRENはもういねぇ。
 扉の向こうにいんのは、ドモリがちで鈍くさくて、でも一生懸命で真面目なホールスタッフだ。
 RENがいなくなってしまえば、オレの方も控室に居座る理由がねぇ。
 さっさと黒スーツを脱ぎ、普段着に着替える。
 荷物を持ってカウンターに向かうと、ちゃんとオーダーを通してくれてたらしい。バーテンダーが「どうぞ」つって、目の前にカクテルを出してくれた。
 ミスティっつー名の、ほんのり甘い強めのカクテル。
 ジャズの名曲、「Misty」にちなんで作られたっつー、いわくつきのカクテルだ。歌詞も甘ぇけど、酒も甘ぇ。恋に溺れる者にふさわしい、強くて甘い酒だと思う。

「甘ぇ」
 一口飲んでそう言うと、バーテンダーがふふっと笑った。
「この間もそう言ってましたよ」
「そうでしたっけ」
 適当に応えながら、ホールの向こうに視線を向ける。
 スポットライトの消えたピアノのすぐ側で、RENが黒トレイ片手にぎこちねぇ笑みを浮かべてた。

(続く)

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