小説 3
星の中で歌わせて・1 (130万Hitキリリク・ジャズユニットパロ)
照明を抑えた、少し薄暗いジャズバーの店内。一ヶ所だけぽうっとスポットライトを浴びて、黒のグランドピアノが店の真ん中に鎮座する。
イスをそっと引き、そこに座ると、カウンターに座って待ってたRENがゆっくりこっちにやって来た。
肩を出した、ちょっと露出の高い格好だ。白くキレイな肩と、黒のノースリーブのインナーが広い襟ぐりから覗いてる。
そんな彼の定位置は、オレと同じスポットライトの中、ピアノの横のスタンドマイクの前。
鍵盤の上に両手をかざし、RENとうなずき合い、演奏を始める。軽やかで明るめのリズム。最初は小さく、だんだん強く、店内の雰囲気にピアノの音を馴染ませる。
気分と周りの雰囲気に合わせて、アレンジをどんどん加えてもいい。決まりにとらわれない、ジャズ音楽のそういう自由さが好きだ。
同じ曲を演奏してても、時にしっとり、時に軽快な曲調にできる。
そんなオレのピアノを聴いて、RENも歌う調子を合わせてくれる。まだユニットを組んで半年にもなってねーけど、相性抜群の相棒だ。
いつもより少し長めの前奏の後、RENをちらりと見て、和音を2つ。それを合図に、RENがすうっと息を吸い込んだ。
Fly me to the moon
Let me play among the stars
透明感のあるテノール。
オレの軽快な伴奏に合わせ、軽快に、楽しげに、定番曲を歌い上げる。ずっと前、アニメのエンディングに使われたんで有名なラブソングだ。
オレを月まで連れてって
星の中で歌わせて
誰も知らない春が見たい
木星や火星や未来でも
客からリクエスト貰えばそれに応えんのが基本だけど、特にリクエストのねぇ夜は、やっぱこの曲から始めてぇ。
曲も好きだけど、歌詞も好きだ。「月まで連れてって」って、これをRENが歌うたび、「喜んで」って手を差し出してやりたくなる。
歌が大好きなRENだから、月でも宇宙の果てでも、どこでも。歌いてぇ場所に連れてって、好きなだけ自由に歌わせてぇ。
想いを込めて、鍵盤に指を這わせる。
RENの甘い声を聴いて、オレの胸も甘く疼く。
Fill my heart with song
And let me sing for ever more
オレの心を歌で満たして
ずっといつまでも歌わせて
歌声をマイク越しに響かせながら、RENが目を伏せて小さく笑った。
歌うのが楽しくて仕方ねぇって、そんな笑み。歌詞じゃねーけど、放っとくといつまでも歌い続けてる。
薄暗い店内、オレのピアノやRENの歌をどんだけ聴いてくれてるか、スポットライトの中からは見えねぇ。
雑音も聞こえねぇ。オレの耳が拾うのは、自分のピアノと、真横で歌われるラブソングだけ。RENの心がオレに向いてねぇのは残念だけど、だからってこの気持ちがなくなる訳じゃなかった。
1曲目が終わると、ぱちぱちと小さくねぇ拍手を貰った。
軽く頭を下げたオレに、バーテンダーから小さなメモが渡される。客からリクエストされたのは、これも定番の名曲だ。
RENにメモを見せると、こくりと小さくうなずかれた。知ってる曲だったみてーで、また歌える喜びに、薄い唇が笑みを刻んだ。
ポロンと鍵盤を鳴らし、前奏を始める。
オフビートの楽しげなメロディ。手拍子がくるようなアットホームな店じゃねーけど、スウィングを効かせて、華やかにアレンジを決める。
即興でいくらでも自由に弾ける、ジャズのそんなとこが好きだ。
オレのリードにしっかり応え、生き生きと歌うRENも好きだ。
時々コケティッシュに掠れる声。高めのテノールを好むけど、ホントは音域が広いのも知ってる。
オレに合わせてジャズやポップスを歌ってくれるけど、多分どんなジャンルでも歌いこなすことができるんだろう。
正式なボイストレーニングを受けたことがねぇらしーけど、ホントかどうかは分からねぇ。詳しい経歴も知らねぇ。
ユニットを組んで数ヶ月になるし、相性抜群だと自負してるけど――その運命の相棒であるRENのことを、オレは何も知らなかった。
1時間のライブが終わり、拍手を貰いながらピアノを去る。時刻は午後9時。1時間後の2回目のライブ開始まで、一旦自由だ。
控室にRENと下がり、熱いお絞りで両手を拭く。
「お疲れ」
ワインで乾杯し、くっと呑み干す。
程よい緊張で渇いたノドに、甘めのアルコールが心地よくしみた。
RENの手元にあんのは、お湯割のワインだ。甘めのワインにハチミツ垂らした、ノドに優しい特別メニュー。
それをこくりと飲んで、はぁーと緩んだ顔をする、RENの仕草も好きだった。
歌ってる時のRENは、ニコニコして可愛くて舞台度胸もそこそこあるけど、普段のRENはどっちかっつーと大人しくて、キョドりがちでドモリがちだ。
マイク持つと豹変するタイプ……ってのは言い過ぎかも知んねーけど、そんなギャップも悪くねぇ。
「メシ、食わねぇ? 何にする?」
オレの言葉に「う、っと」って首をかしげ、YesかNoの返事すんのが遅い。メニューを選ぶのも遅い。
「それとも、外に食いに行く?」
次のライブまで1時間弱、外食も散歩も禁じられてねーし、決して無茶な誘いじゃねぇ。
けど、この手の誘いにRENが応じてくれたことは1回もなくて。それがスゲェ焦れったかった。
(続く)
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