小説 3
くろがね王と月の舞姫 1 (アンケート1位・後宮パラレル)
遠くから、賑やかな囃子が流れてくる。ハープとか、木琴とか、鈴や太鼓、横笛の音。それに合わせた手拍子や、歓声。
「宴会が始まったんだ、な」
オレはぽつんと呟いて、立ち上がった。そして、そっと踊り出す……音楽に合わせて。
だって、オレだって、踊りたい。
腕を伸ばす。指を伸ばす。両手を月に差し伸べる。オレは鈴なんて着けてないけど、しゃらんと鳴るのを想像しながら、手のひらをくるんとひるがえす。
ステップを踏んでターンする。足首にも鈴なんて着けてないけど、きっちり鳴るように、踏みしめる。想像の中のキレイな衣装が、ふわりと美しくなびくよう、腰をひねって静止する。
月だけが、オレを見てた。
若き王の宮殿の……荷物置き場の外廊下。
明かりもなく、人影もなく、目の前に広がる中庭は闇の中、しんとしてて。遠くの大広間の明かりが、小さく頼りなく見え隠れする。
でも平気だ。今日は月が明るい。
月影に映して見れば、オレだって舞姫になれる。
質素なシャツとズボンは、輝くような絹の衣装に。色が薄くてボサボサの髪は、艶のある黒髪に。ガリガリの手足は、ふくよかに………。
全部想像でしかないけど、でも踊りたかった。踊れるなら、なんでも良かった。
ここは廊下じゃなくて、大広間で。
冷たい床じゃなくて、カーペットの上で。
周りには、仲間の踊り子と、楽師達と、拍手をくれる観客がいて。
そして目の前の玉座には、王が………。くろがねの王と尊称される、聡明で勇猛な、若く美しい国王がおわして。
どんなお方か分からないから、お顔まで想像できないけど。
でも、その王に捧げるつもりで、オレは踊った。
ひときわ大きな歓声の後、音楽が鳴り終わった。
オレは肩で息をしながら、額の汗を手でぬぐう。たくさん踊れて、気持ちいい汗だ。観客が誰もいなくても、せめて月にだけは、呆れられたくない。
「今日もありがとう、ございました」
月に手を合わせて、お礼を言う。……と、その時。
パン、パン、パン、パン、と音がした。
ギョッとして振り向くと、暗い中庭の木陰に、人が立っていた。
見られた?
恥ずかしさに真っ赤になりながら、慌てて柱の影に隠れる。
「見事だった。けど、何で大広間に行かねーで、こんなとこで踊ってる?」
その人は良く通る声で話しながら、月明かりの中、ゆっくりと近付いて来た。
誰に向かって話しかけてるの? まさか、オレ? オレが話しかけられてるの?
日頃、誰からも滅多に話しかけられないから、人と話すのは慣れてない。返事しようとしたけど、うまく声も出せなくて、「あ」とか「う」とかしか話せない。
そうしてる内に、その人は、どんどんこっちに近付いて来る。
「おい、お前に訊いてんだ。返事は?」
口調がちょっと不機嫌になった。影になってて顔が見えない。怒ってる? 怖い。殴られる!
オレは恐怖にうずくまり、いつものように繰り返した。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
すると、その人は一つ、大きなため息をついた。
「別に怒ってねーぞ。つか、せっかく褒めてやったのに、何で返事が『ごめんなさい』だよ?」
怒ってない、と聞いて、ホッとして顔を上げる。目の前に立ってる人は、本人の言う通り、ちょっと困ったような顔をしてた。
20歳くらいの、たくましい青年だった。
見た事もないような、豪華な服を着て、黒いマントを羽織ってる。すごく身分の高そうな人だ。でも彼は偉ぶらず、もう一度オレに喋ってくれた。
「お前、旅芸一座の子だろ? 踊り、すげぇ上手いじゃん。なんで広間で踊んねーの?」
「あの、オレ、ダメて言われて。王の前には出るなって」
「何で? まさか一番の舞姫は、若輩王の前で躍らせんのがもったいねーとか?」
「ち、がっ……!」
オレは慌てて首を振った。
自分は一番の舞姫なんかじゃないし、くろがねの王は、若輩王なんかじゃない。
「オレっは、みにくいて言われて、て。髪もこんなだし、とろくさい、し。お、王様は、立派なスゴイ人でしょ? オレみたいなのがお目汚し、したら、ご不興をかうって。そしたら、みんなメーワク。オレ、踊りたい、けど、メーワクなるより、独りがいい、んだ」
たどたどしく言って、ふひ、と笑う。
オレの言いたいこと、どこまでこの人に通じてるか分かんないけど。でも、伝わったらいいなって思った。………一番の望みは、メーワクにならない事だって。
しばらく黙った後、その人はオレに言った。
「お前、みにくくねーよ」
「ふへ、ありがと。ウソでも嬉しい、です」
オレは素直にお礼を言った。だって、「みにくい」なんてもう何百回言われたか分かんないけど、「みにくくない」って言われたの、初めてだった。
「ウソじゃねーよ」
彼はもう一度、言ってくれた。
「うん、ありがと」
オレがニコニコ笑ってるのに、なんでかその人は、不機嫌そうに眉をひそめた。
それを見て、オレの心がすうっと冷える。調子乗って怒らせた。どうしよう、せっかく幸せな言葉、言って貰えたのに。
「お前、ちょっと来い」
おろおろするオレの腕をぐいっと掴んで、その人はズンズン廊下の奥へと向かっていく。スゴイ力だ。
「あ、あの、あの、離し、て」
オレは彼の手を振りほどこうと、必死になった。
だってオレ、これ以上奥へ行くこと、許されてない。
「だめ、だめ、なんです。オレ、こっから先に入ったら、罰を受けるかも、なんです」
両足を踏ん張って、全力で抵抗しても、その人は手を離してくれなかった。それどころか、ズルズルと体が引き摺られていく。
「罰って、誰から受けるっての?」
「わ、分かんない、けど……王様?」
オレがそう言うと、彼は薄く笑って、首を振った。
「オレは、お前にそんな事くらいで罰を与えねぇ」
……え、どういうコト?
言葉の意味がよく分からなくて、ついぼんやりした隙に……オレは彼に抱き上げられ、そのまま宮殿の最奥まで連れ込まれた。
後宮の中に。
(続く)
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