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小説 3
夜に棲む人・1 (15万打キリリク・吸血鬼パロ)
 高3の夏の終わり、野球部を引退してすぐの頃。どこの大学を目指してるのか、阿部君に思い切って訊いた。
 大学でも一緒に野球をやれたらって、そう思って。
 だけど、阿部君はオレに言ったんだ。
「悪ぃけど、オレ、大学には行かねぇ。つか、行けねぇんだ。野球もやめっから」

 意味が分からなかった。
 だって、阿部君は成績も結構いいし、おうちだって羽振りがいいし、何より野球が大好きなの、オレ、知ってる。
 なのに、大学に行けない? 野球もやめるって?
「何、で?」
 理由を訊くと、阿部君はちょっと眉を寄せて、寂しそうに言った。

「お前にゃワカンネーよ」

 そのセリフを訊いた途端、胸の奥がズキンと痛んだ。
 突き放されてるって、分かった。
 オレには阿部君が必要だけど、阿部君にはオレはいらないんだ――。直感的に、そう悟った。
 何か事情があるんだけど、それをオレに……分からせるのが面倒だって。説明するのも面倒だって。そう思われてるの、悟らざるを得なかった。

「言って、くれ、なきゃ、分かんない、よ!」
 悔しくて、泣きそうになりながらオレが叫ぶと、阿部君は……ますます寂しそうな顔をして、ふっと笑った。
 そして、オレの肩をガッと抱き寄せて、耳元で言った。
「18で吸血鬼になっちまうからだよ、ったら、信じるか?」

 ……信じられる訳、なかった。


 信じられないまま、12月になった。
 夏のあの日、大学行かないとかオレに言ったくせに、阿部君はちゃんと補講も受けて、受験組みの仲間入りをしてた。
 ウソだったのかな、とか、気が変わったのかな、とか。ちょっと悔しいなって思ったけど、オレからは何も言わなかった。
 オレの進学先は、推薦でもう決まっちゃったし。阿部君が……オレと同じとこを選んででもくれない限り、同じ大学には行けない。そして、阿部君にその気がないんだろうってコトは、言われなくても分かってた。
 もう、諦めてた。

 その阿部君に声を掛けられたのは、阿部君の誕生日を間近に控えた金曜日。2学期の期末試験の最終日のコトだった。
 部活は引退したけど、やっぱり赤点取る訳にもいかないから、オレも必死で勉強した。
 受験組の人達は、残ってテストの考察とかしてたみたいだけど、オレはそういう気力もなくて、ふらふらと一人、自転車置き場に向かった。
 そこで――呼び止められたんだ。

「三橋、週末、暇か?」

 阿部君に話しかけられるなんて、夏以降、もう滅多になくなってたから、びっくりした。
「う、う、うん」
 キョドキョドしながら返事すると、「オレんち来ねぇ?」って誘われた。

 日曜日は、阿部君の誕生日だった。
 毎年この時期は期末テストが重なってたから、お祝いするのもテスト期間過ぎてからだった、けど。そうか、今年は日曜日だったから、ギリギリ重ならなかったんだ、な。
 じゃあ、明日みんなで集まるのかな?
 オレはそう思って、大声で即答した。
「い、行く!」
 すると阿部君は、何でかほっとしたように、口元を緩めた。

「ムリならいーけどさ、できたら泊まってかねー?」

 その提案にも、オレは素直にうなずいた。

 だって、相手はオレのよく知ってる阿部君で。
 バッテリーを組んだ相棒で。
 明後日は、その阿部君の誕生日で。
 お祝いしたくて。
 それはオレ以外の……野球部の皆も一緒なんだと思ってたから。

 だけど。

 阿部君が呼んだのは、オレひとりだけだった。


 プレゼントと、ジュースの2リットルペット3本を持って、阿部君ちの呼び鈴を押したのは、夕陽のきれいな時間だった。
 空も空気も、オレンジ色に染まってた。
 コウモリがジグザグに飛んでいた。
 そしてオレは……気付かなかった。自転車が、1台も無いってこと。
 玄関に、靴が無いってこと。
 家の中に、人の気配が無いってこと。

 気付いたら、引き返したかな?
 ううん、やっぱり、呼び鈴を押したと思う。

 ピンコーン。
 いつかのシュン君のように、すぐに扉を開けてくれた阿部君は、オレの顔を見て「来たな」と言った。
 そして、嬉しそうに笑った。


 3年で引退するまでに、もう何度かこの家を訪れてたから、阿部君の部屋がどこかも、勿論オレは知っていた。
 オレの持って来たペットボトルを、「あんがとな」って受け取って、阿部君は代わりにオレに、コップの乗ったお盆を持たせた。
「悪ぃけど、先にオレの部屋、運んどいて」
「う、うん、分かった」
 オレは素直にうなずいて、階段を上がり、二階の阿部君の部屋に入った。
 そこには小さな座卓が置かれてて、ホールケーキとお寿司と唐揚げと、野菜スティックと……とにかく、色んな料理が用意されてた。

 空いてるスペースにコップを置いて、そこでようやく気付いたんだ。コップ……2つしかないぞって。
 え、っと思って見たら、座卓に用意されてる取り皿も、割り箸もフォークも2つずつだ。

 間もなく、トントンと階段を上がる足音がして、阿部君が部屋に入って来た。
 オレの持って来たジュースと、それから麦茶のビンを抱えてる。
「あ、の、みんな、は……?」
 阿部君はオレの隣にドサッと座り、オレの顔をじっと見ながら質問に答えた。

「みんなって?」

 オレはキョドキョドと、視線を揺らした。
 そういえば、昨日阿部君、みんなも来るとは言ってなかった、かも?
 お、オレのカンチガイ?
 と、いうか。
「お、家の人、は?」
 阿部君はオレから目を逸らさずに言った。
「いねぇよ」

 みんなも来なくて。お家の人もいないなら……二人っきり、ってコト、なの、か?

 何でかな、背筋に冷たいものが走った。
 喉がカラカラで、ごくりと生唾を呑む。
 別にこの状況、大しておかしくないよねって、頭ではそう思う。
 家族が留守で、ひとりで誕生日を迎えるトモダチの家にお呼ばれして、お祝いしてごちそう食べて、お泊りするって。普通だよ、ね。

 阿部君が、オレを見つめたまま、ニカッと笑った。
「さあ、食おうぜ」


 真西を向いた部屋の窓から、ねっとりと赤い夕陽が差し込んでいた。
 そして……間もなく。
 部屋は夕闇に包まれた。

(続く)

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