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小説 3
メダリオン・11 (完結)
レン

 レンは何度か見て、知っていた。
 無抵抗な若い男女が、ここでヒトに切り殺されていた事を。その後、ヒトが彼らの首を切り落とし、海に投げ捨てていた事を。
 理由は分からなかった。だって海には、こんな無意味な殺生をする者はいない。
 ヒトは強欲で凶暴な生き物だ。だから、だと単に思っていた。

 けれど……。
 目の前で、仲間殺しのヒトと対峙している青年は、ヒトだけど大事な存在だった。
 だから、どうしても助けたかった。見殺しにするのかと問われて、初めて、「失いたくない」と自覚した。
 助けるには武器が要る。しかし、人魚に武器などは必要ないから、どうすれば手に入るのか、見当もつかない。
 唯一思い出したのが、海神の神殿に奉納されてた鯨骨の刀だ。
 レンは、神殿の神官に話をした。大事なヒトを助ける為に、その刀を頂きたい、と。
 神官は少し考え、レンに言った。

「ではお前は代わりに、そのヒトにとってのお前である事を差し出しなさい」

 あの青年にとっての自分であること。
 自分はどんな存在だろう?

 だから、レンは差し出した。
 青年と幼い日に交換したメダリオン。メダリオンと交換して、そして10年後、再び手元に戻ったネックレス。
 そして……青年が「人魚」と呼ぶ自分。


 そうして手に入れた鯨骨刀で、青年は一旦優位に立った。けど何故か、青年はそのヒトを殺そうとはしなかった。
 やがて斧が砂粒を弾き、青年の視力を奪ったのを見た。
 必死に攻撃を避けながら、砂粒を除こうと青年がもがく。けど、壁際に追い詰められていってるのを、きっと彼は気付いてない。
 レンは咄嗟に海中に潜り、手近に転がってるモノを掴んで岩場に上がった。
 見れば案の定、青年は壁に背をつけてる。
 レンは大声で叫んだ。

「こっちだ!」

 ヒトの注意を自分に引きつけ、大事な青年を守りたかった。
 投げ付けたモノは、ヒトの頭蓋骨。二つ投げて二つとも外れたが、注意を逸らすのには成功だった。
「邪魔するなぁぁっ!」
 ヒトが斧を振り上げ、こっちに向かって駆けて来る。

 勿論怖かった。文字通り、足が震えた。
 けれど、ここで助けなくては、見殺しにするのと同じことだ。
 間合いを取り、後ろに逃げる。青年がそうして戦ったように。
 そして仲間殺しのヒトは、斧を空振って……その斧を掴んだまま、海の底に転がり落ちた。

 レンは見た。
 そのヒトの服の長い裾が、斧に引っ掛かったのを。
 斧ごと沈んだ海底で、そのヒトが散々暴れたのを。
 そのせいで、底に積み上がっていたたくさんの骨が、彼の上に崩れ落ちたのを。
 骨に抱かれて、そのヒトが最期に吐いた息を……。


 全てを見届けた後で海面に顔を出すと、洞の中にはいつの間にか、たくさんのヒトで溢れていた。
 まさか全員敵か、と思い、レンは岩場に張り付いた。けれど、どうも違うようだと、会話を聞いて悟った。
「間に合ったようだな。加勢に来たぞ」
「何だ、まだ無事だったか」
「王子まで取られて黙ってはおれん。全軍で戦えば、海神も退治できようからな」
 そう言った誰かに、青年が返事した。

「ざけんな。遅ぇーんだよ、もう終わった後だ」

 ああ、これは照れてる時の声だ。
 レンは岩場に隠れて、ふひっと笑った。安心した。
 敵じゃない。ここにいるのは青年の味方だ。「父上」とか「兄上」とかだ。
 青年は、側にいる「父上」に説明を始めた。海神の話は全部でたらめで、神官が代々生贄の首を刎ねていたんだと。
 さっきレンが投げて転がした頭蓋骨が、その証拠だと。他にももっと、海の底に沈んでいる、と。

「誰か、見て来い」

 その命令を聞いて、レンは素早く海に潜った。穴を通り外海へ出て、離れたところに身を隠す。だって、見付かりたくなかった。
 レンは人魚ではなくなったけれど……それでもやっぱりレンにとって、ヒトは恐ろしい生き物だった。



 やがて夜が来て、朝が来た。
 洞の中には、再び静寂が戻っていた。
 レンはいつものように海老と貝を獲り、洞の岩場に座った。
 けれど青年はいなかった。

 ああ、そうか。もういないんだ。

 レンは思った。
 青年はヒトの群れの中に無事帰り、もう、死に怯える事も無い。
 レンの望みは叶ったのだ。
 それは、喜ぶべき事じゃないか?

 レンは一人座った岩場で、鼻歌を歌いながら水を蹴った。
 尾を失った下肢は、尾びれを無くした分短くなって、水面を叩くことも、もうできない。
 バラバラに動く足は、泳ぐのにとても不便で、イルカと添うことも、もうできない。

 寂しい。

 鼻水が邪魔して、鼻歌が途切れ途切れになる。
 何を歌いたいのか、何で歌いたいのか、分からない。
 どうすれば涙が止まるのかも分からない。
 ただ、胸の痛みを誤魔化したくて、ムチャクチャな鼻歌を歌い、バシャバシャと水を蹴った。

 だから……階段を降りる音に、気付かなかった。
 間近でジャリ、と砂を踏む音がして、初めて人影に気付き驚愕した。
「ひっ!」
 短く悲鳴を上げ、海に逃げ込もうとする。
 けれど、相手の方が速かった。

「待て!」

 逞しい腕が、レンの上体を抱きとめた。
 その声に、ドキンと心臓が跳ねた。
「待ってくれ、行くな!」
 レンを後ろから抱き締め、岩場の上に引き留めたのは、黒貝のネックレスをした黒髪の青年だった。
「もう海に戻るな。側にいてくれ」

「メダリオ……」

 彼を呼ぶ名は、最後まで言えなかった。唇を唇で塞がれた。
 強くきつく抱き締められて、息が止まりそうだった。
 唇を割って捩じ込まれた舌には、ただ戸惑うばかりだった。
 彼の腕に、彼の胸に、ゾクゾクするような幸せを感じた。
 
 やがて唇を離した後、優しい顔でレンを見下ろし、彼は言った。
「タカヤ。オレの名は、タカヤだ。お前は?」
「レン……」
 そうして名を告げたレンに、タカヤがふふっと微笑んだ。
「もう、人魚じゃないんだな、レン」

 後悔はなかったけれど、喜んでもいなかったので、レンはうつむいて「う、ん」と応えた。
 けれど、何故かタカヤは喜んでいて……「嬉しい」と言って、またキスをくれた。
 だから。
 美しい金鱗を失くしても、泳ぐのに不自由でも、イルカの横に添えなくても……。

 それでもいいんだ、とレンは思った。

  (完)

※あい子様:フリリクのご参加、ありがとうございました。「王子阿部×人魚三橋・甘く切なく・禁断の恋」でしたが、そんな風になっていたでしょうか? 少し最初、背景を詳しく書き過ぎたでしょうか? 予定より1ページ分長くなってしまいました。また細かなご要望などあれば、おっしゃって下さい。

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