小説 3
無自覚でいられたら・1 (大学生・アベチヨ?←ミハ)
大学入学を直前に控えた、4月の夜。
入学したら忙しくなって、もうなかなか会えねぇだろうからって、初代野球部の10人で集まることになった。
食事の美味いカラオケの大部屋で、フリードリンク3時間。
ピザとか唐揚げとか、ライスボールとか頼んで、歌いたい奴はたまに歌って、飲み食いして色々喋った。
何かの拍子に、女と付き合うとか付き合わねぇとかそういう話になって……ああ、この際だから、とオレは右手を挙げた。
「あー、オレ、篠岡と付き合うことになったから」
すると、その場にいたほぼ全員が、大声を出した。
「はあっ?」
唯一何も言わなかったのは三橋だったけど、こいつはこいつで呆然として、持ってたフォークを取り落とした。
ガチャン、とフォークが皿に落ち、三橋はギクシャクとうつむいた。
どんだけ驚いてんだよ、と苦笑するオレの横で、栄口は「うそー」と叫び、田島は「すげー」と笑い、泉はちっ、っと舌打ちをしてる。
そして水谷は、いつもの2倍くらいのへらへら笑いを浮かべながら、冗談めかしてこう言った。
「またまたー、その冗談笑えないよー?」
「冗談でこんな事言えっかよ。まあ、付き合うっつっても、付き合う約束をしたって段階で、まだ何も始まっちゃいねーんだけどさ」
オレの言葉に、「一緒の大学だったか?」と花井が首をかしげて訊いた。
水谷は「あははははー、あーおかしぃ」つって、へらへら笑いながら立ち上がり、上着と鞄を手に持った。
「おい、どうした?」
巣山が心配そうに訊くと、水谷はにへらっと笑って、皆に軽く手を振った。
「ごめんなー、ちょっと用事思い出したわ」
財布から2000円出して花井に渡し、水谷は「お先ー、ごめんねー」と謝りながら出て行った。
慌ててその後を、栄口が追いかける。
「何だ、あいつ?」
オレが顔をしかめると、泉がソファーにもたれて腕を組んだ。
「ほっといてやれって。こればっかは仕方ねぇよ」
聞けば、どうも水谷は、1年の頃から篠岡のことが好きだったらしい。
だったらさっさと、告白でも何でもしときゃよかったのに、とか思ったけど、まあ黙っておいた。
オレが、野球部マネージャーの篠岡に告白されたのは、高3の秋の始めの頃だった。
今まで、そんなそぶりなんて見たことなかったから、そん時はびっくりした。
「ホントは、卒業するまで待とうかと思ったんだ。でも、もしできるなら、同じ大学目指したいなと思って」
日に焼けた顔を真っ赤にして、篠岡はそう言った。
「ああ……」
成程な、と思った。その気持ちはよく分かった。
「一緒だな」
実はその頃、オレも三橋のことで悩んでた。
三橋には言わなかったけど、オレはやっぱ大学でも、あいつとバッテリー組みたかった。
だから、大学も同じとこ行けりゃいいなって思って、三橋がどこの大学の推薦、受けることにしたのか気になってた。
訊こう訊こうと思いつつ、でも何か、そうやって訊くのって、オレだけがこだわってるみてぇで格好悪くて、訊けねぇでいたんだ。
今まで野球一筋で、女と付き合うなんて、考えた事も無かったけど……篠岡は、野球優先でいいっつってくれた。
「野球して頑張ってる阿部君が、好きなんだよ」
って。
そんで、篠岡自身も投手として三橋の事尊敬してるし、仲間として好きだから、三橋のことも優先でいいって言ってた。
つかむしろ野球の間は、三橋ばかり気にしてくれてる方がいいって。
その代わり、野球以外の時間には、自分をたくさん見て欲しいって。
別に、篠岡は嫌いじゃねーし。
まあ、そこまで言ってくれるんなら、付き合ってみるのもいーんじゃねーかと、そう思ったんだ。
しばらくして栄口が帰ってきた。オレが「悪ぃ」と小さく謝ると、栄口は困ったように笑ってた。
まあ、水谷のことは仕方ねぇよな。だってオレ、知らなかったし。
けど……そうか、篠岡のこと好きって奴、いたんだな。
じゃあ、今オレのまん前で、食欲なくしてうつむいてる三橋も、もしかしたらそうなんかな?
水谷はともかく、三橋のことも傷付けたんなら、ちょっと悪ぃ気もすんな。
せっかく同じ大学に行けたのに、初っ端からこんなんじゃ、ちと気まずいか?
三橋の顔をじっと見てると、目が合った。けど、そう思ったのも一瞬で、ぱっと視線を逸らされる。
来週から、オレと篠岡も同じ大学だってのに、こんなんで大丈夫かな?
オレはともかく、篠岡には……マネージャー入部すんの、遠慮してくれって言った方がいいんかな。
すっかり笑顔をなくした三橋の顔を眺めながら、オレは、気の抜けたコーラをごくりと飲んだ。
(続く)
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