小説 3
メダリオン・10
「何、それ? 料理でもすんのかよ? 神官の持ち物にゃ見えねぇな」
オレは牛刀を持つ殺人者に言った。
裾の長い白い聖衣。不気味なくらい穏やかな笑み。
ここにオレを連れて来た時と、全く同じ服で、同じ笑みを浮かべて。殺人者が一歩一歩近付いて来る。
「道具なんて何でもいいんですよ。大事なのは、毎年滞りなく儀式を終える事。儀式が重要であればある程、我々の地位が高くなる。そのための貴重な生贄、ですっ!」
勝手な事を口にしながら、殺人者が牛刀を突き出して来た。間一髪で避けながら、素早く斜めに回り込み、油断なく間合いを取る。
牛刀はそもそも武器じゃねぇから、短くて刃が薄い。けど、小回り効いて切れ味はいい。
さっきみてぇに踏み込んで来られたら、すぐに避けねぇと危ねぇ。
「じゃあ、やっぱ、全部デタラメなんだな。海が澱むってのも、伝染病も。生贄を欲しがる奴なんて、最初からいなかったんだろ? この海にゃ、何もいねぇ。大量の人骨しかねぇもんな?」
オレの言葉に、殺人者は歯をむき出して笑った。
「おや、潜ったんですか。さすが王族は胆力が違う。お仲間になりたいと、思ったで、しょ!」
もっかい突き出される牛刀。横にかわすと、間断なく、今度はブンブン振り回される。
オレは背に隠していた鯨骨刀を、鞘から抜かねぇまま前に構えた。
殺人者が、不快そうに顔をしかめる。
「そんな物、どこで手に入れたぁっ!」
ガキィィン。
振り下ろされた牛刀を、鯨骨の鞘が弾き返す。牛刀が鈍い悲鳴を上げて、薄刃の破片を散らした。
「くそっ」
憎々しげに吐き捨て、今度は殺人者が一歩下がった。
「ははっ」
オレは逆に笑みをもらした。
さすが鯨骨。頼もしい程、硬くて強い。
「降参しろ。そして、国民の前に伏して詫びろ」
白い鞘から、真珠色の骨刀を抜いて、オレは殺人者の喉元に突きつけた。
けど、殺人者は刃こぼれした牛刀で、カツン、と鯨骨刀を弾いた。
「今更詫びたって、許される訳がない!」
ギン、ギン、と打ち合わされる刃。
短い分、向こうの力の方が強くて、一瞬オレの刃先が逸れる。
その隙を、相手も見逃さねぇ。
「死ねっ!」
叫びながら懐に飛び込んで来る。それをとっさに、鯨骨の鞘で打ち払う。
「くっ」
ギィン、と鈍い衝撃が走って、オレは鞘を取り落とした。けど、同時に、牛刀も刃こぼれした場所から折れていた。
殺人者は一瞬青ざめ、中程から先を失った武器を、凝視した。
「許される訳はねぇけど、詫びなくていいって訳でもねぇ。いつから始まった悪習か知らねぇけど、ここできっちり終わらせる。来年からは生贄なんて、ゼッテー出させねぇかんな!」
もっかい鯨骨刀を突きつける。
けどそれで観念なんてするハズもねぇ。殺人者は半分になった牛刀で、必死になって、オレの骨刀を打ち返す。
オレの方に殺す意志はねぇから、ただ、繰り返し喉元に突きつけて、降参を促した。相手はそれを打ち返して、刀の切っ先を自分から外してた。
殺人者がちらちら後ろを見ながら、じりじりと後退してんのを、オレは特に怪しいと思わなかった。
岩壁まで追い込めば勝ちだと、単純に思ってた。
けど、その直後、相手が突然しゃがみ込んだ。
その姿勢から飛び上がるようにジャンプして、何かを両手で振り上げてる。
はっ、と気付いて、オレは素早く飛びすさった。
その足元に、無骨な斧が振り下ろされた!
ジャシ!
砂砂利が、音を立てて飛び散った。
「あっぶねぇな! 料理の次は薪割りか!?」
これで何人の首を切り落とした?
危なくて、打ち合う気にもならねぇ。
やけくそになってんだろう。殺人者は斧を、振り上げては振り下ろし、そのたびに空振って、細かい砂利粒を撒き散らした。
どうする? 疲れんのを待つか?
けどこっちも、昨日から殆ど何も食ってねぇ。
油断なく攻撃を見切りながら、左手で汗をぬぐう。やっぱ、体力も腕力も落ちてんな。鯨骨刀が重く感じる。
と、思った時……。
ビシィッ! 斧が散らした砂利の破片が、オレの顔を打った。とっさに目を閉じる。けど、左目が開けられねぇ、破片が入り込んじまったか?
くそ、やべぇ。
オレは鯨骨刀を頭上にかざし、慌てて数歩後ずさった。
それに気付いたのか、殺人者が声もなく笑う。
斧を振り上げる気配。
オレは必死に目をこすりながら、できるだけ距離を取ろうと後退し、そして愕然とした。
背中に、岩が当たった。
嘘だろ!? 後ろに下がれねぇ?
突然、誰かが叫んだ。
「こっちだ!」
ビシ、ビシ、と何かが砂利に落ちる。
人魚が何か投げたのか?
隠れてろって言ったのに、あいつ。
「邪魔するなぁぁぁっ!」
殺人者が叫んだ。
ザ、ザ、ザ、ザ、と砂利が鳴る。人魚の方へ駆けて行く。
痛みをこらえ、目を開けたオレが見たものは、岩場に立つ人魚と、彼に向かって振り下ろされる斧。
「やめろ!」
オレが叫んだ直後。
人魚は大きく後ろに飛んだ。
空振った斧と、その勢いごと、殺人者が前のめりに落ちた。
二つの水しぶきが上がり、しんと静まる。
その沈黙を破るように、遥か上の入り口から、ドガンと鉄扉の音がした。
(続く)
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