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フルーティといえば
ABMHカフェでの目玉の1つは、バリスタのレンが選ぶ「今月のコーヒー」だ。
コーヒー好きのレンが、「来月は、これ」って厳選して選ぶバリスタおすすめの1品。ハワイコナとかエメラルドマウンテンみてーな、ちょっと有名な豆の時もあれば、「何だソレ?」みてーな豆もある。
豆屋の店長に、「これいいよー」って勧められて試飲して、即決して買う時もある。
豆の仕入れは基本的にレンに任せてっけど、豆屋の店長と仲良く離してんの見ると、毎度ビミョーにムカッとする。
まあ、あっちはオレらが付き合ってんの知ってるし、ちゃんと恋人もいるらしーからいーんだけど、恋人が目の前で他の男と仲良くされると面白くねーのは仕方ねぇ。
せっかくフランスでバリスタの勉強したんだし、賞を取ったその腕を存分に生かして欲しいとは思う。
そのためにはやっぱ、いい豆は大事だと思うし、焙煎職人の腕だって頼りにしてーとは思う。
ホントは自分で焙煎できりゃいーんだけど、「ムリしない」ってのがオレらの方針だし、素人が手ェ出していいような状況でもねぇ。だから、いい腕の焙煎職人がいる豆屋との付き合いも大事だって分かってる。
けど、やっぱ必要以上に仲良くして欲しくねぇ。
豆の買い付けをレン1人に行かせねーのは、そんな理由からだった。
そうして選ばれた5月のコーヒーは、フルッタメルカドン。
なんでも、ちょっと前にネットで有名になったとかで、現在は売り切れ続出らしい。なんか、天然酵母を使って発酵させるとか? よく分かんねーけど、とにかく独特の風味があって、フルーティらしい。
一応、豆を買う時にオレも一緒に試飲はしたけど、それは豆屋の店長がささっと淹れたヤツだし、ホントの旨味は分かんねー。
コーヒーはやっぱ、レンが淹れたのを飲んでからじゃねーと、味がどうこうの判断がつかねぇ。
5月1日の朝、2人で暮らすマンションの、光に満ちたダイニングテーブル。丁寧にコーヒーをドリップする、恋人の手つきをじっと見る。
ダイニングには、まさにフルーツって感じの甘いニオイが立ち込めて、レンの可愛い顔がにへっと緩む。
フルッタメルカドンは、フルーツ市場って意味の言葉らしい。
ブラジルの素朴な市場で、カゴいっぱいにフルーツを乗せて、にこにこ笑ってるレンの姿が頭に浮かんだ。
「タカ、できた、よー」
コトン、と目の前に白いマグカップが置かれ、「おー」とうなずく。
この白いマグカップは、うちのカフェオリジナルだ。白地に「ABMHカフェ」ってコーヒー色のロゴを挟んで、コーヒーを運ぶオレとコーヒーを淹れるレンのシルエットが向い合せに描かれてる。
デザインは「ムリしない」値段で外注したモンだったけど、値段の割にはなかなかイイ。
マグカップは店でも売ってるから、オレら2人だけのペアカップじゃねーんだけど、オレらの仲のよさを宣伝できてるみてーで、気分イイ。
結婚式の引き出物に、写真付きの皿を寄越して来るヤツの気分が分かる感じだ。
そのカップに顔を近付けて、フルーティな香りを確かめ、口をつける。
ブラックそのままだから、当然砂糖みてーな甘さはねーけど、1口飲むと不思議に甘い。桃かマンゴーか、そんな感じの味わいだ。
「甘ぇ……」
オレのぼそっとした呟きに、「甘い、よねっ」とレンが笑う。
満足そうな顔が可愛い。ビミョーにドヤ顔になってんのも可愛い。自分の淹れたコーヒーを飲み、「むはー」って頬を緩めてんのも最高だ。
「フルーティ、だし、春とか夏にいい、よね」
レンの言葉に「そーだな」とうなずいて、マグカップを置き、トーストを齧る。
今朝の朝食は、オレの作ったバタートーストとサラダに、レンの作ったベーコンエッグ。一緒にプレートに盛り付けると、そんだけで何かシャレた感じに見えるから不思議だ。
使う食器が少ねーと、洗い物も少なくてイイ。店のランチをワンプレートにすんのも、そんな理由だ。
レンにはあんま無理させたくねぇ。
コーヒーが好きでバリスタになったんだし、コーヒーのことだけ考えさせてやりてぇ。
ただ、経営も「ムリしない」のが決まりだから、今んトコはレンに厨房のメインを任せちまってんのが現状だ。オレも暇がありゃ手伝うけど、ゴールデンウィーク中はフロアの方が忙しくて、なかなかレンの手伝いに行けねぇ。
それが不満で、接客スマイルが曇ってくのはもう仕方ねーだろう。
「今日も忙しい、かな」
「どーだろな」
窓の外を見ながら、2人向かい合ってメシを食い、コーヒーを飲む。
レンの淹れた「今月のコーヒー」は、砂糖も入ってねーのにほんのり甘くて……まるでレンとのキスみてーだなと思った。
(こ、こっちはいい、から接客、を)
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