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バイト女子の独り言 (篠岡視点)
ゴールデンウィークのカフェは、毎日とんでもなく忙しい。
天気がよくて風も気持ちいいから、テラス席はもう満員だ。といっても、座席数自体そんなにないんだけど、これ以上広いととても対応しきれない。
いつもはのんびり読書してたり、勉強してたりするお客さんもいるんだけど、さすがに今日はいないみたい。
うちはランチメニューが少ないから、オーナーが言うにはまだマシな方なんだって。
確かにランチは作るのも準備も大変そうだし、厨房ももっと広くないといけないし、スタッフももっといるだろうし……そう考えると、大変そう。
「ムリしねーのが1番なんだよ」
ニヤッと笑うオーナーは、何だかすごく男前だ。
無理しない店の規模、無理しないメニューの数、無理しない接客、無理しない値段……。
あまり無理して儲けようとはしないっていうのも、オーナーの考えなのかも知れない。
実際、コーヒーはちょっと高めの値段だけど、それでもそこそこ忙しいんだから、多分このままでいいんだろう。
あまりに忙しいと、恋人さんとイチャイチャできないからっていうのもあるんじゃないかと思うけど、それはまあ、わざわざ口に出さなくてもいいことだ。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
お冷やを置きながら注文を取り、復唱して厨房に向かう。
「季節のパフェと、アイスハーブティです」
「パフェ、と、アイスハーブティ、はい」
とつとつとした口調で返事をしたのは、バリスタの三橋さん。なんか、フランスかどこかで賞を取ったことあるっていう凄腕の人らしいんだけど、ご本人はほやーっとしてて、スゴイっていうイメージはあまりない。
三橋さんの淹れるコーヒーは、サラリーマンのお客さんにも好評で、これが飲みたくて通うって人も多い。
ラテアートの修行もしたとかで、ハートは勿論、猫やクマの柄もいつも上手だ。
ホントはもっと種類多くできるらしいけど、メニューには「ハート、ネコ、クマから選べます」としか書いてない。この辺も、きっと「ムリしない」ってことなんだろう。
ただ、ゴールデンウィーク中なんかは特に、こんな感じでコーヒー以外の注文も多くなるんだけど、三橋さんはバリスタなのに、そんなに気にしてはないみたい。
「パフェ、いいよね」
って、盛り付けするのもいつもすごく楽しそうだった。
「ムリしない」のが方針のカフェだから、ケーキセットのケーキは勿論、ケーキ屋さんへの外注だ。
うちのカフェにって特別に作られた、コーヒーに合うケーキ。ケーキは日替わりで3種類くらいあるんだけど、いつも何だか知らない間に売れてしまって、売れ残ることは滅多にない。
バイトがラストまでの時、売れ残ってたら「千代ちゃんどーぞ」って貰えるんだけど、バイトを始めてから数ヶ月、そんなラッキーは3回くらいしかなかった。
「お待たせ致しました、ブレンドとオレンジジュースです。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
後ろから、オーナーのいい声が聞こえてくる。
いつもは店の奥でどっしり構えてるオーナーも、これだけ混雑してるとのんびりはできないみたい。
オーナーの言葉に、「はい」と答える女性のお客さんの声が、ちょっと弾んで聞こえるのは気のせいじゃないだろう。
オーナーの阿部さんは、バイトの私から見ても格好いい。
顔も勿論格好いいし、動きがスマートだし、歩き方も素敵。声もいい。女性のお客さんが、時々見とれてるのも知ってる。実際私も、ちょっといいなと思ったことある。
ただ、恋人さんにベタ惚れなのはすぐに分かったから、私の淡い思いは、恋になる前に霧散した。
外から見てる分にはすごく格好よく見えるけど、一緒にこうして働いてる内に、残念なトコがあるのもすぐに分かった。
ほら、今だって、ビミョーに不機嫌そう。
お客様に対しては淡々と接してるけど、接客スマイルとかできてないし、するつもりもないみたい。接客、「ムリしない」んだって。
オーナーが不機嫌なのは、忙しくて恋人さんをイチャイチャ口説くことができないからだ。
店の奥に戻りたいのに、「すみませーん」ってお客様に呼ばれて、オーダー取って復唱して厨房に向かって……の繰り返しで忙しそう。
まあ、恋人さんは厨房にいる訳だし、オーダーを通す時だけはちょっと嬉しそうなんだけど、肝心の恋人さんが忙しいから、オーナーに構ってる暇ないみたい。
オーナーの阿部さんの恋人は、バリスタの三橋さん。
2人は一緒に住んでて、収支が一緒だから、あまり儲けようって無理しなくてもいいんだって。
それは素敵だなぁって思うけど、あまり店内でべたべたするのはやめて欲しい。時々ブラックコーヒー飲みたくなる。甘い。
けど、バリスタの三橋さんのコーヒーはいつもすごく美味しいから、それでちょうどいいのかも知れないかった。
(オーナー、レジお願いします!)
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