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Season企画小説
再生の部屋・1 (2012 White Day)
※この作品は、空虚の部屋焦燥の部屋 の続編になります。





「ありがとうございました!」
 帽子を脱いで、ハキハキと頭を下げた引越し屋のスタッフ2人に、「お疲れ様っした」と言って、缶コーヒーを2本渡した。
 扉がパタンと閉まった後、ダンボールの積み上がった新居を振り向いて、ふう、と息を吐く。

 三橋と違って割と何でも捨てるたちだから、荷物は少ねぇと思ってたけど、こう見ると結構ある。
 この分じゃ、三橋の分は相当な量になるんじゃねーか? あいつの荷物が届くまでに、全部片付けておかねぇと……。
 そう考えたら気が急いて、オレはさっそく手近なダンボールを開封した。

 名古屋から東京に戻って、2か月半。
 オレはようやく叶との同居を終えて、新しいマンションに引っ越した。
 オレとしては1月からでも、あの元の部屋で三橋と一緒に住みたかった。けど、三橋がどうしてもイヤだっつーから仕方ねぇ。
「あ、阿部君がイヤなんじゃない、んだ、よ?」
 泣きそうな顔で言った三橋に、オレは「分かってんよ」って頭を撫でてやるしかできなかった。

 あの部屋はイヤだ、と――そう思わせたのは、オレだ。

 オレ自身も、もうあの部屋に未練はなかった。
 三橋がオレに知らせず出てった後、代わりに住みついた叶のせいで、すっかり空気が変わっちまったし。
 空気っつーか、ニオイっつーか……いや、部屋の温度さえ、三橋と叶とじゃ違う。
 思い出の詰まった部屋で、他人と同居してみて、初めて分かった。三橋が、いかに優しかったか。優しい空気を作っていたのか。

 単純に同居人、ルームメイトとして考えりゃ、叶の方がオレにはぴったりだったかも知れねぇ。
 詮索しねぇ、束縛しねぇ、フィフティフィフティで、お互い様。叶はそういうトコきっちりしてて、ドライで、付き合いやすいヤツだった。
 ただ、叶は三橋の幼馴染で――三橋の味方だ。
 三橋を泣かせたオレに、当たり前だけどイイ顔はしねぇ。
 表立って責めたりはしなかったけど、無言の圧力を感じるっつーか……居心地が悪ぃっつーか。マジ、この2ヵ月半の間は、針のムシロに座ってるみてーだった。
 いや単に、オレのやましい気持ちが、そう感じさせてるだけだったのかも知んねーけど。

 とにかく、前と同じ部屋にはもう戻りたくねぇって三橋が言うから、オレは仕事の合間をぬって、不動産屋を回った。
 ある程度はネットで調べられるけど、やっぱ実際に現地に行って、自分の目で確かめねーと怖ぇ。
 三橋と一緒に住める2LDKで、駅近でコンビニ近でスーパー近で、互いの通勤に不便じゃねーとこ。そんで、家族限定とかじゃなくて、男二人でも住めるとこ。
 そんな条件で懸命に探して……やっと1件、納得できる物件が見つかったのが、先月の末のことだ。

 一方の三橋は、新居探しに消極的だった。
「オレは別に、このままでもイイ、よ」
 そう言って、不動産情報にもろくに目を通さなかったくらいだ。
 でも、このままでいんのはオレがイヤだった。
 なんで、恋人でも親友でもねぇ他人と同居しなきゃなんねーんだ。この先も、叶とルームシェアを続ける意味がワカンネー。
 叶だって、ルームシェアの解消には反対しなかったのに。

「阿部君、ムリにオレと同居、してくれなく、ても、いいんだ、よ」

 会う度、三橋は何度もそう言って、うつむいた。
「ムリなんてしてねーよ」
 オレも何度もそう答えた。
「言っただろ、お前のこと、もう家族だと思ってるって」
 最終的に、三橋は「う、ん」とうなずいて、小さく笑う。いつもいつも。
 毎度毎度、会う度に同じ会話、同じセリフで、正直よく飽きねーなと思う。
 付き合うオレもオレだけどさ。

 儀式みてーに、同じセリフをやり取りした後、キスしてギューッと抱き締めてやれば、ちっとも太らない体にギョッとする。
 一緒に住み始めたら、美味いモン一杯食わして、もっと肉をつけさせようと真剣に思う。
 三橋も、痩せちまった自分の体を、ちょっと気にしてるみてーだった。

 クリスマスに名古屋のあの部屋で抱いて以来、東京ではまだ、一回もセックスをしていねぇ。
 まず、裸になんのをイヤがるってのもあるけど、何よりそういう雰囲気にならねーっつーか……場所に恵まれねぇせいだ。

 オレんとこには叶がいるし、叶が留守の時だって、あそこに足を踏み入れんのも三橋は嫌がってたから、会うのは大体外か、三橋の部屋だった。
 三橋が「寂しい」つって飛び出した先は、鉄筋のくせにやけに壁の薄いワンルーム。
 隣のテレビの音が聞こえるくらいだから、そりゃ寂しくはねぇんだろうけど……「ここじゃ、イヤだ」って言う気持ちも分かるし、オレだってイヤだ。
 まあ、そんながっつく程セックスしてー訳じゃねーし、引っ越して、同居始めて、まずはそれからだと思ってる。

 まずは――同居が先だ。
 もう、「寂しい」なんて絶対に言わせねー。
 泣かさねー。
 叶とも、そう約束した。
 全部、今日から、また始めるんだ。


 ダンボールを全部空にして潰した後、ふと時計を見たら、5時になってた。もう夕方だ。我ながら、かなり集中してたんだなと感心する。
 けど……5時って。三橋、ちょっと遅くねーか?
 3月は引っ越しラッシュだから、早めに業者抑えねーとヤベーぞって、しつこいくらいに言い聞かせたから、まさか予約忘れたとかはねーだろうけど。
 ブッキングしたとか?
 それとも、前の現場がトラブって、時間が押しちまったとか?
 それとも……?

 オレは、カーテンのついてねぇ窓の側に行って、外の景色を眺めながら、三橋のケータイに電話をかけた。
 5コールくらいを聞いた後、『はい』と三橋の声が言った。
 取り敢えず、無事なのが分かってホッとする。
「おー、どうしたんだよ? もう夕方だぞ。まだ業者来ねーの?」
 オレの質問に、三橋は『ごめん』と返事した。

『きょ、今日、いきなり出勤になっ、て、今、帰ったばかりなん、だ。ぎょ、業者さんには連絡した、けど。あ、べ君に言うの忘れて、て』

『……ごめんなさい』
 その声が、今にも泣きそうだったから――。
「気にすんな」
 オレは、そう言うしかなかった。
 窓の外の夕空が、何だか気分悪かった。

(続く)

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