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小説 1−1〜5、7
空虚の部屋・前編 (社会人・遠恋・シリアス注意)
※この作品は、後編の段階でハッピーエンドになっていません。苦手な方はご注意ください!




 高1から付き合い始めて、10年目。25歳の秋。阿部君が名古屋に出向になって、9か月が過ぎた。
 半年の約束だったのに、何か、「もっと勉強したいから」って言って、阿部君が残留を志願したんだって。
 東京と名古屋は、近くて遠い。
 のぞみだと3駅。ひかりでも4駅。1時間40分から50分、で着く。
 日帰りもできる。

 実際、最初の2か月は、週末ごとに会っていた。
 オレからも行ったし、阿部君からも来てくれた。
 それが……いつの間にか回数が減ったのは……阿部君の都合がつかなくなってきたからだった。

「悪ぃ、明日、行けなくなった」
 そんな言葉でドタキャンされる事が続いて。抗議する間もなく、「じゃあな」って切られて。
 それで、オレが行く番になっても、やっぱり電話で。
「悪ぃ、明日も仕事で忙しーから、来てくんなくってもいーわ」
 って。

 今では、阿部君の都合のつく日だけ、直前に知らされる。
「明日なら来てもいーぞ」
 オレの予定なんて、訊かれることはなくなった。オレだって、会社の付き合いもあれば、休日出勤だってある、のに。
「え、オレ、明日は……」
 なんて言ってしまったら最後、「あっそ。じゃーな」って、ヒドく簡単に切り捨てられてしまう。
 残念だな、の一言もない。
 次があるかの保証もない。

 辛かった。
 捨てられるのが、毎日怖い。
 会いたくて会いたくてたまらないのに、会うのが怖い。
 だって……いつ「別れよう」って言われるか、ホントにホントに分からなかった。


 迎えもない、名古屋駅。のぞみを降りて、改札を出る。
 人込みに紛れながら、すっかり覚えてしまった道のりを歩き、階段を下りて地下鉄に乗る。
 赤い地下鉄に乗って2駅、長い乗り換え通路を散々歩いて、青い地下鉄に乗り換える。
 この乗換駅が、阿部君の会社の最寄駅なんだって。毎回降りるのに、まだ一度も改札を出た事のない、「丸の内」。
 そんな話を聞いたのは……何か月前だっただろう? まだ名古屋駅まで、新幹線の改札までお迎えに来てくれた頃。思い出すと、幸せすぎて、今と違い過ぎて、悲しくなるから思い出さない。

 阿部君の住むマンションまでの道も、もうすっかり覚えてしまった。
 駅から、5分。
 途中のコンビニで、先に自分の欲しいモノを買っておく。お茶とか、ジュースとか、お菓子とか、おにぎりとか。

 だって前、スーパーで……オレ、怒られたんだ。
「遠慮なく何でもカゴに入れんなよな!」
 って。
「誰が金払うと思ってんだ」
 って。
「いつもいつもオレが食費出してっけど。それについて何か、思うコトねーの?」
 って……。

 オレだって、いつもいつも交通費出して来てるんだよ。いつもいつも、会いに来るのはオレなんだよ。
 ……そう思ったけど、言わなかった。
 だって、言える訳ないよ。
「じゃー、もう来なくていーよ」
 そんな風に、言われちゃったらどうするの?


 マンションのエントランスで、部屋番号を押してチャイムを鳴らす。303。
 合鍵は、引っ越し当時に貰ったけど……だいぶ前から、「返せ」って言われてる、んだ。だから言われる度にオレ、「忘れた」って言ってる。嘘だけど。
 だから、今日も持ってるけど、持ってないフリでチャイムを鳴らした。
「はい」
 ややあって、大好きな低い声が返事する。
「お、オレっ、三橋、です」
「あー」
 短い返事の後、カチャッと開錠の音がして、エントランスのドアが開く。
 小さな青いエレベーターに乗って、3階を押して。

 大丈夫、今日も鍵を開けてくれた。
 今日も会ってくれる。大丈夫。

 泣きたくなるくらいドキドキしながら、阿部君の部屋のチャイムを鳴らすと……。
 カタン、と内鍵の回る音がして、アイボリーの鉄扉が開かれた。
 阿部君――!
 素早く中に滑り込み、目の前のたくましい体に縋り付く。ドサドサと荷物を落とし、大好きな匂いを感じながら、引き締まった背中に腕を回して――。

「邪魔」

 キスの代わりに、無感情な言葉を。きつく抱き締め返す代わりに、とん、とオレの肩を押しのけて。
 阿部君は、ドアの内鍵をカタンと閉めた。

 オレに会って、にこっとも笑わなくなったのは、いつからだろう?
 なのに何で、オレを呼んでくれるんだろう?
 オレのこと、まだ好き?
 少しは好き?
 10年付き合って、愛は冷めても情はあるの?


 高校卒業して、大学入ると同時に同棲して……9か月前に辞令が出るまで、ずっと一緒に暮らして来た。
 それまで、オレ達いい関係だったのに。
 毎日キスして、毎日抱き合って、毎日一緒のベッドで寝てた、のに。

 ねえ、離れてみたら平気だった?
 オレは、離れてみて、ますます阿部君のこと恋しくなったよ。
 毎日連絡欲しいし、声が聞きたいし、会いたいし、えっちしたいよ。
 でも、阿部君は違うのかな?
 もう、違っちゃったのかな?

(続く)

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