Season企画小説 焦燥の部屋・1 (2011阿部誕) この作品は、空虚の部屋 の続編になります。 「ハッピーバースデー!」 パン、とクラッカーを1個鳴らされ、「わー」とおざなりな拍手されて、今日が誕生日だったことに気が付いた。 「パーティーボックス〜」 「スーパーの寿司〜」 「ホールケーキ〜」 オレの部屋に集まった男女が、持ち寄った物を自慢げに狭い座卓の上に並べる。 誕生日……。 イヤな予感に、うなじの辺りがチリチリした。 先月のいつだったか、先々月か? 珍しく電話をかけて来た三橋が、12月第2週の週末、泊まっていいかって訊いてきて――「そんな先の予定はワカンネー」つって、「空いてそうなら連絡する」つって、うっかりそのまま忘れてた。 断りの電話、入れたかな? いや、入れてねーな。こいつらとの飲み会の予定、何も疑問に思わねーで入れちまったし。 マジ、忘れてた。 つか、三橋が「12月の2回目の土日」なんて分かりにくい事言うからだろ。「阿部君の誕生日」とか、「12月10日と11日」ってダイレクトに言ってくれれば。 いや、それでも……やっぱ忘れちまったかな、ワカンネー。誕生日だったの、今気付いたし。 正直に言うと、もう三橋の機嫌気にすんの、何か面倒臭かった。 けど、さすがに放置はヤバかったか? 胸騒ぎがする。余計面倒な事になりそうな、そんな予感。 別に待ってたって訳でもねーけど、そういや誕生日の夜7時だっつーのに、まだ、三橋から「おめでとうメール」が来ていねぇ。 放置しちまったからか? オレから連絡しなきゃ、祝わねぇつもりか? けど、別に催促してまで祝って欲しくねーし、放っといていーか? 部屋の中では、会社の同僚で同じマンションに住む仲間達が、わいわい料理を広げてる。 ここは、会社の社員寮代わりになってるマンションだから、オレみてーな独身で、実家がこっちにねー社員が何人か、同じように住んでいる。勿論一般の住人もいるけど、2階3階は社員ばっかだ。 「ケーキは酒に合わなくね?」 「えー、甘いもの欲しいし」 「だったらポッキーでいいだろ」 一人がオレに断りもなく冷蔵庫を開け、中から冷えた酒を次々に出して行く。 別に構わねーけど。だって皆の酒だしな。つか、うちの冷蔵庫が、このメンバーの中で1番デケーせいで、うちは酒蔵扱いだ。 女もいんのに信じらんねーけど、オレにとって当たり前だった自炊は、何かここではイレギュラーらしい。 そういう意識がなかったから、最初、結構無防備だったと思う。 三橋が来るたびに料理作ってくれてたの、ニオイとかでモロバレで、「通い妻が来てる」とか噂されてたって、春頃に知った。 それからは作らせてねーし、こいつらとつるむのが楽しくて、あんま三橋をここに呼んでねーから……。 ……三橋。 やっぱ、後でフォロー入れとくか。 けど、メールすんのも、こいつらが帰った後だよな。だって皆で集まって騒いでんのに、いきなりケータイ触り出すのもどうかと思うし。 咎められたりはしなくても、「彼女にメールか?」とか、訊いて来られたり、覗き込まれたりすんのウゼー。 ただでさえ、写真とか見せらんねー関係だ。だって、男同士とか、普通じゃねーもんな。 ずっと一緒に住んでたせいで、色々感覚がマヒしてたけど……。 「阿部ぇ〜」 紙皿にケーキを取り分けた同僚が、プラのフォークを舐めながら言った。 「コーヒー持って来たけど、カップ貸してくんねぇ? ちょっとあのプラカップは、ホット入れんの怖ぇーわ」 「あー」 オレは返事をしながら立ち上がった。 確かに、15個入り100円とかの、ぺらっぺらのプラカップにホットは怖ぇ。紙コップならちょっとはマシなんか? 紙コップ買っときゃ良かったか。 「あー、阿部君。私も貸して〜」 女の一人が、立ち上がってこっちに来た。 「悪ぃ、マグ系は1個しか持ってねー。湯のみでいーか?」 流しの上に造り付けられた、小さな食器棚を開けながら訊くと、横で湯を沸かそうとしてたさっきの奴が、「奥にあんじゃん」と言った。 指差されて、あ、と思う。それは……三橋がずっと前に買って来た、三橋専用のマグカップだ。 「それは……」 と言いかけて一瞬、ためらった。 だって、何て説明すればいい? 恋人のだから使うなって? カノジョ専用なんだよとか? それ言うの、恥ずかしくね? そもそも、黙ってりゃ誰が使ったってバレなくねーか? 悩んでる間に、男の同僚が勝手に食器棚の反対側を開けて、三橋のカップに手を伸ばした。 そして、カップを持ち上げた瞬間――。 チャリン。 カップの中で、音がした。 「あー、何だ、小物入れに使ってたか」 男が、女の方にカップを渡しながら言った。 「ホントだ。何これ、ヒヨコ可愛ぃー」 女がクスクス言いながら、カップの中をオレに見せた。 小物入れ? ヒヨコ? 何のことかと思いながら、オレは女からカップを受け取った。 そして……息を呑んだ。 カップの中には女の言った通り、ヒヨコが入ってた。ヒヨコの形の鈴のついた、この部屋の合鍵。三橋に渡してたやつだ。 いや、それはいい。退出に必要だから、再三「返せ」って言ってたし。返して貰えんなら、それでいーけど。 鍵はいーけど。 よくねーのは。 よくねーのは、鍵と一緒に入ってた方だ。 「阿部? どうした?」 同僚が、心配そうに声を掛ける。オレは返事もできねーで、カップの中に指を突っ込んだ。 ちりん、とヒヨコの鈴が鳴る。 つまみ上げたのは、銀の指輪。 名前も刻んでねぇ。小さな石も入ってねぇ。シャレたデザインでも何でもねぇ、ただの指輪。でも、これはオレのとペアで……唯一の、恋人の証、だった。 三橋、あいつ、どういうつもりだ? 最初に浮かんだのは、そんな疑問と苛立ちだった。 だって、10年も付き合っといて、たかがオレの誕生日1回放置したくらいで、指輪外して入れとくとか。んな陰険な真似しなくてもよくねーか? けどすぐに、「待てよ」と思う。 あの電話以降、三橋とは会ってねぇ。つか、電話した覚えもねぇ。じゃあ、誕生日に会えない腹いせ、とかじゃ絶対にねぇ。 なら、いつだ? いつから、この指輪はここにあった? いつから三橋はここに来てねぇ? いつから三橋に会ってねぇ? いつ三橋は。 この指輪を、こんなとこに置いてったんだ……? (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |