Season企画小説
バレンタインDOLL・1 (2018バレンタイン)
※この話は、レン廉レンレン、レンタカレンレン、DOLLと製作者のハロウィン の続編になります。
学校から帰ると、玄関を開けた瞬間ぷうんとチョコのニオイが漂って来た。
そういやもうすぐバレンタインだっけ。今年もレンの、渾身のチョコが食えるんだろうか?
チョコなんか市販のだろうが手作りだろうが、食えりゃ何でもいいとは思ってるけど、体長2cmの歯磨きDOLLが作ってくれるトリュフチョコは特別だった。
チョコ食った後、「虫歯になる、よっ」っていそいそと歯磨きさせようとするトコも特別可愛い。
ふっと笑って靴を脱ぎ、「ただいまー」と声を掛けながら廊下を進む。
リビングダイニングを覗くと、ますますチョコのニオイが激しい。テーブルの上には大量のチョコが並んでて――「阿部メンテナンス」って型抜きされてて、一瞬目を疑った。
阿部メンテナンスは、親父が経営してる会社の名前だ。うちのリビングからドア1枚で会社の事務所へと繋がってる。
親父はともかく一応立派な会社だとは思ってるけど……そのチョコはねーだろう。
「何、これ?」
ぼそっと訊くと、作ってる母親に「チョコよ」って言われた。そんなのは見りゃ分かるっつの。
どうやら、お得意先に配るチョコで、ロゴの型もシリコンで自分で作ったモノらしい。
「普通にチロルで良かったんじゃねぇ?」
思ったことをズバッと言うと、「失礼ね」って怒られた。
「あげないわよ」
って。そんなロゴ入りチョコなんかいらねーっつの。
けど、手作りチョコの型自体、自分で作れるって初めて知った。いや、チョコの手作りとかは興味ねーし、そこまでして型抜きしなくてもいーだろうと思うけど、シリコンって言われると、理系の血が騒ぐ。
どうやって型取りするんだろう? 好きなモンで作れんのかな? 手形とか? いや、それこそ誰得か。
「どうせならレンの等身大チョコ作ればいーのに」
ぼそっと呟きながら、当のレンの姿を探す。
いつもなら、てててっと走って来て「お帰、りー」って出迎えてくれるのに。
どうしたんだろうと思って、「レンは?」って訊くと、母親も存在を忘れてたらしい。「ああっ」って叫んで、リビングの方に駆けてった。
リビングのテーブルの上もまた、チョコでいっぱいだった。
ホーローのトレイの中には、直径1cmくらいに丸められたトリュフチョコが5個並んでる。
きっと、レンが「うんしょ、うんしょ」って言いながらコロコロ丸めてくれたんだろう。想像すると、すげー可愛い。実際前に見た事あるけど、思わず写真撮るくらい可愛かった。
そのレンはっつーと、5個作った段階で、力尽きたらしい。ココアパウダーの中に埋もれるように、チョコまみれで突っ伏してる。
「きゃあ、大変」
母親がバタバタと湯を沸かしに行くのをよそに、ケータイを取り出して写メを撮る。
こんな可愛いレンはレアだ。
白玉団子作って白玉粉まみれになってるレンも可愛いけど、チョコまみれのレンも可愛い。
力尽きて、くうくう寝てる幼児タイプDOLLは、犯罪かってくらい可愛かった。
「レンちゃん、起きて」
汁椀に湯を入れた母親が、ココアパウダーに突っ伏したレンをつまみ上げ、そのままぼちゃっと湯に漬ける。
服に着いたチョコって、落ちんのかな? チョコ臭のする歯磨きDOLLって、考えて見りゃすげーおかしい。
くくっと笑いながら廊下に出て、自分の部屋に行くべく階段を上がる。
ふと思いついて廉にさっきの写メを送ると、すぐに「いいな」って返事が来た。
――阿部君はチョコ、好き?――
続けて送られて来た言葉に、「普通」と返す。好きでも嫌いでもねーし、あれば食う。
買ってまでは食わねーけど……例えばコンビニで買い食いする時、チョコよりチキンを選ぶっつーのは、男子高校生としちゃ普通だろう。
それとも、廉に「普通」つっても通じねーかな?
16歳になるまで、山奥の1軒屋で世間から隠され、たった1人で暮らしてた廉。身を守るためとはいえ、学校にも通ってなかったから、イマイチ世間の風習みてーなモンに疎かった。
バレンタインくらいは知ってんだろうか? そういや、ハロウィンにも感動してたっけ。
コスプレして、照れ臭そうに笑ってたのを思い出し、じわっと胸が温まる。
バレンタインもイベントとして楽しんで、また笑うだろうか?
それとも、チョコよりキャッチボール?
寒ぃとケガするし、春まではお預けだけど、3月になったらまた誘ってもいい。
歯磨きDOLLレンの製作者であり、天才技術者でもある三橋廉のことが、オレは密かに好きだった。
レンの渾身のトリュフも嬉しいけど、もし廉からチョコを貰えたら、もっと嬉しい。
けど、世間慣れしてねぇアイツが、バレンタインの風習をちゃんと理解してるかどうかはちょっと怪しい。
いや、同い年の従姉妹がいるから、チョコくらいは貰ってるかも知んねーけど……。
そう思っただけで、じりっと胸が焦げる。
あのイトコたちに恋愛感情なんかカケラもねーのは側にいりゃ分かるけど、こういうのは理論じゃねーし、嫉妬すんのは仕方ねぇ。
いっそ、オレからチョコを渡してやってもいーのかな?
廉にプレゼントするんなら……やっぱ、レンの等身大のチョコだろうか? まあ、さすがにシリコンに埋めんのは可哀相な気もするし、やんねーけど。
市販のチョコを1個くらい、買ってきてもいーかなと思った。
(続く)
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