小説 3 レン廉レンレン・1 (人形SFファンタジー) いつもは宅配便で里帰りするDOLLのレンが、珍しく箱に入るのをイヤがった。 ちゃんと箱には専用の緩衝材だって入ってるし、大きさも十分なハズだし、退屈しねーように覗き穴だって開けてやる。 これ以上どんな待遇が欲しいって? そう訊くと、どうも運搬環境の問題じゃねーらしい。 「廉のとこまで、阿部君に直接連れてって欲しい、んだ」 レンは、よいしょよいしょとオレの手のひらの上に乗り、上目遣いでオレを見た。 同年代の男に上目遣いされたってキモいだけだが、体長2cmあまりのDOLLがやると、その破壊力は凄まじい。 「だ、ダメ、ですか?」 不安そうに、こてんと首をかしげる仕草も、もうそれ反則だろってくらい可愛い。 レンは幼い少年の姿をしてるから、可愛さも倍増だった。 DOLLっていうのは、その名の通り、動く人形だ。世間一般で、作業用にって広く使われてる。 つってもロボットみてーに人工知能とか外部操作とかで動くんじゃなくて、人間の魂が込められてるって話だ。 のっぺらぼうの特殊樹脂の人形が、術者の魂を込められた瞬間、術者そっくりの姿に変わる。その光景は圧巻らしい。 運が良ければ工場見学でちらっと見れるらしーけど、オレはまだそれを見たことがなかった。 どういう仕組みなのかは、あんま明らかにはなってねぇ。 今でこそいくつかの企業で製造されてはいるものの、やっぱ開発元の三星コーポレーションのに比べると、品質も段違いだし。 公式HPを見たって詳しいことが載ってねーのは、仕方ねーのかも知れなかった。 極秘技術を使ってる上、あんま大量生産もできねーから、いくら汎用タイプでもDOLLは高価だ。 その高価なDOLLを、なんでオレみてーな普通の高校生が持ってるかっつーと、レンがお試し価格だったから。 DOLLに魂を込める術者になるには、普通かなりの研修や訓練が必要らしい。必然的に、ある程度の年齢じゃねーと務まんねーから、大人ばっかだって話だ。 術者の姿を写すDOLLも、当然だけど、大人タイプばっか。 けど、レンは少年タイプ。 当時7歳だった、天才少年術者の初作品だったらしいんだけど、やっぱ子供だけに子供向けだろうって扱いで、本製品にはなれなくて――。 まあ、オレも当時はガキだったし、値段なんかは覚えてねーけど、親父の小遣いで買えたんだから、それなりに安かったみてーだ。 レンの主な仕事は、オレの歯磨き。 ぶっちゃけ自分で磨いた方が早ぇんだろうけど、毎日でっかいデッキブラシ持って、ヘルメットにヘッドライトつけて命綱つけて、一生懸命磨いてくれること考えたら、そんなことは言えねぇ。 実際丁寧だし、10年間虫歯知らずだったのは、レンのお陰だろうと思ってる。 それに、口ん中でレンがごじょごじょごじょごじょ動くのも、なかなか悪い感触じゃなかった。 レンが年に1回、定期点検と魂の再焼き付けで製造元に里帰りする時は、やっぱ毎回すげー寂しい。 レンはただのDOLLだけど、オレにとっては10年来の親友で……そして、家族の一員も同様だった。 そんなレンの頼みごとなら、できる限りは叶えてやりてぇ。普段、ワガママなんか言わねーから、尚更だ。 「廉のとこ? 廉って、お前のオリジナルだっけ?」 オリジナルっつーか、魂の元っつーか。まあ「術者」な訳だけど、面識はねぇ。 その天才少年のとこに、直接連れてけって? オレが? 「……なんで?」 オレの疑問に、レンはじわっと顔を赤くした。 「あ、会いたがってた、から。阿部君、に」 そんな顔してそんなセリフ言われれば、悪い気はしねぇ。 レンはちょっと人見知りだけどいいヤツだし、素直で可愛いし。そんなレンの魂の元である廉ってヤツも、当然いいヤツに決まってる。 会いたくねぇつったら嘘になる。けど……。 「ムリだな」 オレはバッサリとそう言って、手のひらの上のレンを指先で撫でた。 「う、うえっ。な、なんで?」 動揺したように、ドモリながら訊き返すレン。オリジナルの廉ってヤツも、同じようにドモリ癖があんのかな? 「阿部君、廉と会うの、イヤ……?」 今にも泣きそうな顔で、声で、そう言われるとやっぱ胸が痛む。DOLLだから涙は出ねーけど、スゲー破壊力。 けど、ムリなものはムリだっつの。 「あのな、オレが知らされてるお前の送り先は、あくまで三星コーポレーションなんだよ。お前、うちから直接その廉ってヤツんとこに行く訳じゃねーんだろ?」 レンはしばらく考えた後、こくんと小さくうなずいた。 「う、ん。オレ、レンレンと一緒に、ルリちゃんの車で行く」 「だろ?」 レンレンとかルリちゃんとかが誰なのかは知らねぇ。 けど、つまりはそういうことだった。 「連れてってやりたくても、どこに行きゃいーのか分かんねーんだ。もし、廉がホントにオレに会いたがってんなら、お前がまず行って、本人から住所訊いて来い」 オレの指示に、レンはまたしばらく、難しい顔して考えた。 どうも、頭の回転はあんま早い方じゃねーらしい。レンも、廉も。 やがて、全身を使って「うんっ」と大きくうなずいたレンは、ちっこい顔に眩しいくらいの笑みを浮かべた。 「オレ、住所、訊いてくる。そしたら阿部君、オレと一緒に、廉のとこ、行こう、ねっ!」 ちっこい手を握り締め、力むあまりドモリが激しくなってんのも、また可愛くて。破壊力がハンパなくて。 「いーぜ、約束」 オレはそう言って、レンに小指を差し出した。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |