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Season企画小説
モーニングコーヒー・1(2016阿部誕・喫茶店店員阿部×プロ三橋)
※この話はリラックスコーヒージンジャーコーヒーの続編になります。





「三橋もそろそろ、寮から卒業だな」
 所属する球団の寮監さんにそんなことを言われたのは、12月に入ってすぐのことだった。
「うっ、えっ、卒業?」
 それって、寮から出ろってこと!?
「そうだ。もう食事管理も生活習慣も、身に付いた頃だろう。春には新人も入って来るしな」
 寮監さんの言葉に「はあ……」とうなずく。卒業って言えば聞こえはいいけど、つまりは新人のために部屋を空けろってことで、世知辛いなぁってちょっと思った。
 1軍の寮と2軍の寮は違うけど、そういう問題じゃないんだろう。
 ルーキーが入るまでに、いいマンション見付かるかな?
 セキュリティの問題だけじゃない。球場への通い易さとか、自主トレのし易さとか、色々考えて選ばない、と。
 ため息をつきながらロードに出ると、冬の寒さが身にしみた。

 こんな気分の時は、熱いコーヒー飲んでリラックスしたい。
 カランカラン。控えめなカウベルを響かせながら、行き付けの喫茶店の扉を開けると、ふわっとコーヒーの薫りが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
 響きのいい低い声。カウンターの中から声をかけて来たのは、この店の若きマスター、阿部君だ。
 白いシャツに黒いベスト、蝶ネクタイ。長い足を包む黒いスラックスも、黒のカフェエプロンも、相変わらずよく似合ってて格好いい。
 柔らかなソファにドスンと体を埋めると、目の前にコトンと水の入ったグラスが置かれた。
「ご注文は?」
 穏やかに尋ねる阿部君に、「ブレンド」と短く告げる。
 初めてここに来た時は、メニューの場所にもコーヒーの種類の多さにも戸惑ったモンだったけど、今では迷うこともない。
 熱いお絞りで手を拭いて、はぁーっとため息をつく。
 寮を出たら、この店にもなかなか来れなくなっちゃうな。そんなことにも、今気付いた。

 店内を満たすコーヒーの薫り、静かに流れるジャズミュージック。阿部君の淹れる美味しいコーヒーも、阿部君の穏やかな雰囲気も、どっちもオレの貴重な癒しだ。
 ……失くしたくないなぁ。
 来れなくなるかもって考えると、胸がぎゅーっと締め付けられる。
 阿部君はどうだろう? ちょっとは淋しいって思ってくれるかな?

 ソファに埋もれてぼうっとしてると、テーブルにそっとコーヒーが置かれた。
「浮かねぇ顔だな、どうした?」
 耳元でこそりと訊かれて、心臓が痛いくらいに跳ね上がる。パッと見上げると、阿部君の整った顔が間近にあって、カーッと頬が熱くなった。
「阿部君……」
「んー?」
 ぽつりと名前を呼ぶと、穏やかに応じられる。
「あ、のっ、オレさっき、りょっ、寮、出ろって言われ、て」
 唐突に事情を口にしちゃったのは、赤面の照れ隠しも半分あった。
 視線に耐えられないっていうか、沈黙に耐えられないっていうか。取材のカメラを向けられた時と同じくらい、緊張して居たたまれない。
 我ながら意識しちゃって、気恥ずかしかった。

 一方の阿部君はっていうと、そんな気まずさはないみたい。顔色も変えずに「へぇ?」って言われて、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「……寮を出たら、ここにもあんま、来れなくなっちゃう、な」
 ぽつっと告げると、「そりゃ淋しーな」ってぼそっと言われて、胸の奥が温かくなった。
 この店に通い始めて2年半。阿部君とはここで会う以外にも、時々メールを交わしてる。
「たまには顔見せに来てよ」
 って、そう言われるだけじゃ物足りなく思うのは、オレのワガママかも知れない。
「うん……」
 ほろ苦くうなずいて、阿部君の淹れたブレンドを飲む。
 体の中にまでコーヒーの薫りが広がって、何だか胸がいっぱいになった。

「この近くに、いいマンションないの、かな?」
 コーヒーカップをそっと置き、真横の窓に目を向ける。
 採光を抑えた色ガラス越しには、外の景色がハッキリとは見えない。
 マンションの情報って、不動産屋さんに行けばいいの、かな? ネットで見れる? 住みやすさとかのクチコミって、どうやって探せばいいんだろう?
「阿部君って、どこ住んでる、の?」
 ふと思い付いてカウンターに声をかけると、「見に来るか?」って言われてドキッとした。
 それは、どういう意味なんだろう? お宅訪問? ちょっと知り合いを呼ぶ的な?
 部屋の中まで入れてくれる? それとも場所を見せるだけ?
 オレのファンだって言ってくれる阿部君は、オレのこと、どう思ってるんだろう?

「め、いわくじゃなかっ、たら……是非」

 ドギマギしながらうなずくと、阿部君は「ははっ」と破顔した。
「迷惑な訳ねーだろ」
 磨いてたグラスをチリンと置き、手を休めてオレを見る。
 ジャズの流れる店内に、今は彼と2人だけ。
 ひどく整った顔で真っ直ぐに見詰められ、ドキドキが止まらない。

 好きだなぁと自覚した瞬間、ノドがカラカラになった気がした。

(続く)

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