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Season企画小説
ジムランナーU・6
 当然だけど、30分のランニングを終えても三橋の個人レッスンは終わってなかった。
 目の端にオレンジがちらついて、イラッとする。
 だらだらトレーニング続けても意味ねーし、仕方なく上がることにしたけど、5階で熱いシャワーを浴びてる間も、胸のモヤモヤは晴れなかった。
 ロッカーから荷物を取り出し、受付のカウンターに声をかける。
「阿部さん、よかったら」
 昨日と同様、カゴ盛りのチョコを勧められたけど、さすがに「いや……」と断った。
「昨日も貰ったんで」
「あっ、さては苦手でした?」
 昨日とは違うスタッフに愛想笑いを向けながら、ジムフロアに視線を巡らせる。
 三橋はクロストレーナーの横で、自分を指名した男2人を相手に優しい顔で指導してた。

 待つのがイヤだっつった三橋を、たまには待ってやるべきか?
 前に、帰る時間に合わせて待ち伏せめいた誘い方したら、「何?」つって冷ややかな目で見られたこともあったけど。あれは……欲望が透けて見えてたか?
 三橋がうちに来て当然だと、どっかで思い込んでたんだろうか?
 「うちに来い」じゃなくて、他に言い方があったのか?
「……ワカンネーな」
 ぼそりと呟いて、ジムの入ったビルを出る。
 取り敢えず気持ちを伝えるために、オレからチョコを渡してやろうか。この辺で買うんならどこだろう?
 コンビニ……は最終手段として、やっぱスーパーとかデパートか?
 地下鉄への階段をスルーして、あてもなく目の前の交差点を渡る。つっても土地勘なんかほとんどねーし。渡りきる頃には、もう途方に暮れかけてた。

 バレンタインフェアをやってる何かのビルに行き着いたのは、20分くらいウロウロ歩き回った頃だ。
 ファッションビルっつーのか、ショッピングビルになんのか、よくワカンネー。
 色んな店がぎっしり詰まってそうなビルで、とにかく1階の入ったとこに赤のカーペットが敷かれ、いろんなチョコがいっぱい並んだ商品棚が、ずらっと幾つも並んでた。
 まだ昼前だからか客はまばらで、ゆっくり商品が見れる反面、オレ自身も目立ってた気がする
 100円のハート型のチョコから、数千円するデカい箱のチョコまで、種類も色々なら値段も色々あるんだな。
 そん中から誰にどれを渡すのか……みんなどうやって選んでんだろう?
 青い箱、緑の花柄、金や銀の包装紙。どれもチョコには違いなくて、値段の差がよく分かんねぇ。
 魚そっくりのヤツとか、正露丸そっくりのヤツとか、ネタだろってのばっか集めてる棚もあって、見てると意外に面白かった。

 野球ボールのチョコもあった。
 さっきジムで貰った小っこいヤツじゃなくて、普通のボールの大きさの。
 つっても中身は茶色いチョコで、ボール模様の包装紙に包まれてるだけみてーだ。
 軽く手に握り込むと、大きさが硬球とはビミョーに違う。違うけど――これ持って「違うね」って笑う、三橋の顔が見てぇと思った。
 もうボールを触んなくなって5年も経つのに、まだ手が覚えてるもんなんだな。
 三橋も覚えてるだろうか? 覚えてるよな。だってアイツ、ベッドの中にまで硬球持ち込んでたもんな。
 ……今でも持ち込んでんのかな?
 考えてみりゃ、今も昔もオレんちに誘ってばっかだ。

 チョコ買って、どうやって渡そう?
 バレンタインは明日だし、明日ジムに突撃してやろうか? それともやっぱ、今日の方がいーのか?
 野球ボールチョコを2つ買い、あれこれ考えながら元来た道を戻る。
 時刻は12時ちょっと過ぎ。腹減ったし、メシ食うか。つっても思いつくのはジムの下のファミレスくらいで、我ながらちょっと情けねぇ。
 美味いメシ屋を開拓して、三橋を連れてってやろうか。
 それとも三橋の方が、この辺には詳しいんじゃねーのかな?
 ジムのビルを交差点の反対からじっと見上げて信号を待つ。ランニングマシンの並ぶデカい窓は太陽の光を反射して、こっからは中が覗けそうになかった。
 あれから1時間以上経ってるし、そろそろ個人レッスンも終わってそうだ。
 1時間5000円での三橋の独占。
 羨ましいって思いも正直あるけど、でも、オレがそれを申し込むのはスゲー情けねぇし割り切れねぇ。
 インストラクターとしても三橋は独占できなくて当たり前でも、三橋廉個人のプライベートは独占してぇ。個人的に出掛けんのは、オレだけにして欲しかった。

 1階のファミレスに入ると、時間帯のせいかいっぱいだった。
 入り口んとこに各自名前を書くよう、予約表が置かれてて、そんなのこの店で見た事なかったからビックリした。
 モーニングの時間帯はガラガラだけど、昼メシ時にははやってんだな。
 並んでまで食いたいモンはねぇし、どうするか。空いてる店ってねーのかな? この時間帯は、どこもいっぱいか?
 そう思って何気なく外に目をやると、キャメルのコートにジーンズっつー、私服姿の三橋がいた。
 ドキッとしたのは、さっきの個人レッスンの男2人と、3人で連れ立って歩いてたからだ。個人レッスン、終わったんじゃねーのかよ? 仕事はどうした? なんで私服?
 次々浮かぶ疑問に誰も答えてくれなくて、ふらふらと引き寄せられるように後を追う。

 昨日悩んでるっつってたのは、これか?
 個人レッスンのことじゃなくて、その後?
 何話してるかワカンネーけど、相変わらず馴れ馴れしそうな連中だ。やっぱ前からの知り合いなのか? 三橋を両脇に囲んで、3人でこれからどこに向かってんだろう?

(続く)

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