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Season企画小説
ジムランナーU・7
 後をつけて歩くこと10分、高架下をくぐり抜けた辺りから、少し町並みが変わってきた。
 オフィスや商業ビルよりマンションの率が増えてきて、気のせいか道行く人々の雰囲気も違う。
 食事に行くっつー感じじゃねーけど、どこ行くつもりだろう?
 自分でも何やってんだと思うけど、ここで引き返すのも更に無意味だし、やっぱ気になる。
 いっそ三橋がこっちを振り向きゃいーのに。そしたらこのバカげた尾行も終わるし、その2人の男のこと、「誰?」って面と向かって訊けるのに。
 けど、そんな都合よく三橋が振り向くハズもなく、3人はそのまま住宅街を進んでった。

 その目的地を悟ったのは、高いフェンスに囲まれたグラウンドが見えてきてからのことだ。
 サッカーボールを蹴りながらグラウンドを駆ける、短パンをはいた少年たち。赤いジャージの上下を着て、ダッシュを繰り返してんのは陸上部員か?
「高校……?」
 フェンスの手前で立ち止まり、先を行く三橋たちに目を向ける。案の定、3人は少し向こうの塀から左に曲がって、敷地の中に入ってった。
 そうか、高校生、か。
 三橋に馴れ馴れしくじゃれついてた少年の姿を思い出す。じゃあ、もう1人の年上の方もやっぱ関係者か?
 三橋が近所の高校でトレーナーをやってる、って。前に教えてくれたのは高橋姐さんだ。それがきっと、この高校なんだろう。
 高いフェンスの向こう側、そう広くもねぇグラウンドをシェアして練習してる、高校生たちをじっと見る。上下白の練習着を着た、野球部らしき連中もいて、懐かしーなと思った。
 縁もゆかりもねぇ通りすがりの高校だっつーのに、なんとなく郷愁に誘われるから不思議だ。
 社会人になった今、このフェンスの向こうにはなかなか入ることができなくて、立ち止まって眺めるしかねぇ。それがイヤで三橋は、トレーナーなんて始めたんだろうか?

 野球部の練習をもっと見ようと、フェンスに沿って移動する。
 冬のこの時期は、ほとんどボールに触らず基礎練習がメインになる。この学校でも同様らしくて、誰もバットやグローブを持たず、柔軟体操を始めてた。
 間もなく校舎の方から1人の生徒が走って来て、その輪の中に加わった。
「ちわっ!」
 キャップを脱いで挨拶した顔には見覚えがあって、さっき三橋と一緒だった1人だと分かる。
 ポジションはどこだか知らねーけど野球部員なのには間違いなくて、これも三橋の仕事なんだと思うと、さっきまでのモヤモヤがすっと消えた。
 はあ、とため息をつき、フェンスを掴む。
 高校に週一で通ってくれるトレーナーがいるなら、そのトレーナーの勤めるジムに興味を持つのは自然なことだ。
 馴れ馴れしい態度にはムカついたけど、それだってきっと、オレの目が曇ってるせいなんだろう。
 何でもかんでも深刻に取り過ぎか?

 1人加わった野球部員は入念な柔軟体操の後、掛け声を上げながら並んでどこかに駆け出した。間もなく三橋らが入ってったトコから白い練習着の集団が出てって、ロードワークに出掛けたと分かった。
 ああ、ロードか。
 ほろ苦い思いで、胸ん中が満ちていく。大学の野球部を引退した直後の、空っぽな自分を思い出す。
 こんな苦さはあんま得意じゃねぇ。チョコも、現実も、もうちょっと甘みが欲しい。
 オレは三橋に甘えてんのかな?
 甘さなんて許して貰えそうにねぇくらい、ツンツンされてるように思うけど。そんでもやっぱ、甘えてんだろうか?
 寒風吹きすさぶ2月の歩道で、オレはしばらく野球部のいなくなったグラウンドをじっと眺めて突っ立った。
「……阿部君?」
 呆然とした声で名前を呼ばれたのは、どんくらい経った後だろう。

 ゆっくり目を向けると三橋がいて、その後ろにはさっきの、もう1人の男がいた。
 どういう顔していいのか咄嗟に分かんなくて、頬がこわばる。
「すみません、先生。食事はまたの機会、に」
 三橋がぺこりと頭を下げると、「先生」って呼ばれた男は「ああ、はい」と数回うなずいて、それからオレに会釈して校門の中に戻ってった。
 ホッとしたけど、あからさまに笑って見せるような気分じゃなくて、こわばった顔のまま三橋を見つめる。
 三橋は困ったように眉を下げて――オレに近寄りながら、「なに?」と訊いた。
「なんでここ、に?」
「ワカンネー」
 正直に答えて、ため息をつく。
「今の、誰?」
 短く訊くと、三橋はきょとんと首を傾げて、ちらっと後ろを振り向いた。

「体育の先生、ここ、の。野球部の顧問もして、て……」
 何の後ろめたさもなさそうな説明。
 だよな、と思いつつも笑顔になれねぇ。「そういう」んじゃねぇって頭では分かってんのについつい嫉妬しちまうのは、結局オレの心の曇りのせいだ。
 わずかな沈黙の後、三橋がオレの横を通り過ぎる。
「オレ、戻る、けど」
 キッパリと向けられた背中はいつ見てもまっすぐで、何度見せられてもほろ苦い。
 もうちょっと甘さを足してくれ。
 いや、オレからもっと甘くしてやりゃいーんだろうか?

 さっきチョコ買った店のペーパーバッグから、チョコのボールを1個掴んで振り上げる。
「三橋!」
 オレの声に振り向いた三橋は、いきなり投げられたボールに反射的に左手を上げて――。
 受け損ねたソレがぼてっと地面に落ちたのを、ビックリ顔で見下ろした。

(続く)

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あきゅろす。
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