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Season企画小説
ジムランナーU・5
 ベンチに座ってると、また義理チョコを貰った。
「いっぱい貰うかも知れないけど」
 にこやかに言いながら、いかにもなバラマキ用のチョコをくれたのは、20歳くらい年上のオバサンだ。いや、これも姐さんって呼ぶべきか?
「はあ、どーも」
 促されて手のひらを差し出すと、その上にボール型のチョコがころんと2つ転がった。野球ボールとサッカーボール。それぞれの模様の入った個装に、ふっと笑みが漏れる。
「懐かしっスね」
「でしょ? いいでしょー?」
 チョコをくれた姐さんはそう言って、また別の男性客ににこやかにチョコを配ってった。
 義理チョコもこんくらいあからさまだと清々しい。コミュニケーションの一環っつーか、イベントとして楽しんでる感じ。
 中には遠慮するヤツもいるみてーだが、姐さんは断られても「そーお?」って感じで気にしてなくて、それにもちょっと好感を持った。

 トイレに行こうと廊下に出ると、ロッカーの手前で20歳前後の女2人に出くわした。
「わっ! きゃっ!」
 顔を見るなりいきなり悲鳴を上げられ、意味が分かんなくて呆然とする。そしたら、「ちょっと待っててください」っつって、女の1人がバタバタとロッカーに戻ってった。
 その慌てっぷりが昔の三橋を見てるみてーで、胸がじわっと熱くなる。
 キョドリも空回りもしねぇ三橋、大人になった働く三橋、格好いいっつって、女どもに人気のある三橋……そんなアイツの素顔を、ここの誰も知らねーんだろうな。
「あの、これ、受け取ってください!」
 間もなくロッカーから戻ってきた女が、オレにピンクの箱を差し出す。
 本命とも義理とも判断付かなかったけど、昨日すでに受け取った後だし。これだけを断るって選択肢はなかった。

「あの、付き合ってる人って……やっぱりいますよね?」
 一瞬迷ったけど、心情的には否定したくなかった。
「そーだな。一生コイツだけってヤツはいるかな」
 オレの答えを聞いて、女2人が「きゃー」と軽い悲鳴を上げる。
「ステキー」
「いいなー」
 そんな言葉にふっと笑った時――階段からパラパラと足音がして、三橋が誰かと一緒に降りてきた。
「きゃっ、三橋さーん!」
「あたし、チョコ!」
 もう1人の女が一声叫んで、バタバタとロッカーに戻ってく。
 けど三橋はそれに構わず、一緒にいた男2人を伴ってジムフロアの方に入ってった。

 チョコを取りに行った、ファンらしき女を気にする風もねぇ。オレの方すらちらっとも見なかった。
 接客中なんだから当たり前かも知んねーけど、「一生コイツだけ」つった直後だけに、寂しさがぽつんと落ちる。
 一緒にいた男は、1人は高校生くらいで、1人は30歳前後。
 親子じゃねーだろうし、兄弟にしても似てねぇ。どういう関係なんかワカンネーけど、見学者なのか、ジムフロア内をもの珍しそうにキョロキョロと見回してる。
 ただ見学者にしては、妙に三橋に慣れ慣れしいのが気になった。
「ファイティングエクササイズ、無茶苦茶格好いーっスね!」
 高校生っぽい方が、無邪気に笑いながら三橋の顔を覗き込む。もう1人のアラサー男はっつーと、爽やかに笑いながら、親しげに三橋の肩を叩いてる。
「ホントだねー、惚れ惚れするね」
 三橋の方も満更じゃなさそうに笑ってて、何だソレ、と思った。

 ここは三橋の職場だ。
 インストラクターっつー専門職だけど、接客業には変わりなくて、だからいろんな客と談笑すんのは当たり前だ。
 女から色んな物貢がれて困ってんのも見かけるし。連絡先の書いたメモ渡されて、「困ります」つってんのも何度も見た。
 それにいちいち嫉妬すんのはバカらしいし、無意味だと思う。分かってる。仕事辞めろなんて言えねーし、つーかオレだって客の1人だし、こんな風に思うのが間違いだ。
 けど、分かっててもどうにも割り切れねぇのが人の心で、だから、スタッフと客との恋愛は禁止されてるんだろう。
 三橋をココで独占してぇなら、1時間5000円払って個人レッスンを申し込むしかねぇ。
 恋人だからって、インストラクターの三橋に「オレだけ見ろ」とは言えねぇ。
 高橋姐さんが言うには、オレをヒイキしてるように見えるらしいけど――。

 2人の男の目の前で、三橋がカウンターのスタッフからオレンジ色のTシャツを受け取る。
 ド派手な原色オレンジは、個人レッスン中の印。
 それをちゅうちょなく頭から被って、三橋は2人の客を伴い、ジムフロアの奥に進んだ。

「あー、三橋さん専属入っちゃったかぁ」
「ついてないねー、後で渡す?」
 ロッカーからチョコを持って戻ってきた女が、連れに慰められ、笑い合う。その口から出る軽やかな笑いが、気持ちの軽さも表してた。
 深刻に取るなって、昨日言われた言葉に首を振る。
 逆にずしんと気分を重く沈ませてるオレは、多分気持ちも重いんだろう。
 待つのがイヤ、って。
 オレは三橋を待たせてんのか? じゃあ、重いのは気持ちじゃなくて腰か? どうすりゃいいってんだ?
『迷ってる』
 昨日の三橋の電話を、廊下に突っ立ったまま思い返す。結局、何に迷ってんのか三橋は教えてくんなかったけど――。
 ――この個人レッスンの話か?
 そう思うと、なんか、ひどく落ち着かねぇ気分になった。

 トイレに行っても、ロッカーに戻っても、そわそわして仕方ねぇ。
 妙に馴れ馴れしそうな、オレの知らねぇ男2人を付きっ切りで指導する……そんな三橋を見たくねぇ。けど、このまま背中を向けて見ねぇフリすんのも、黙認してるみてーでイヤだ。
 今までだって、誰かの個人レッスンしてる姿、見た事はあったのに。
 1対1よりマシだと思う反面、2人もいんのかと思うとイラッとする。自分で自分の気持ちが整理できなくて、参った。
 気合入れ直して、義理チョコだけをロッカーに放り込み、再びジムフロアに向かう。
 あと30分だけ走ってくか。
 オレンジのTシャツを目の端に捉えながら、窓際のランニングマシンに向かい、敢えてぐっと背筋を伸ばす。
 さっきと同様、窓の外には青空が広がってて、けど、やっぱ気分は晴れなかった。

(続く)

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