Season企画小説
雷電くん・前編 (2016節分)
節分の日、混雑してたショッピングモールからの帰りに、鬼を拾った。
いや、鬼じゃなくて、鬼のコスプレをしてた男の子を拾った。幼稚園ぐらいかなー、しゃがんで目が合うくらいの、小っちゃい子。
黒い服の上から黄色いトラ柄のケープを羽織って、頭には2本の角がある。
いつの間にかオレの後をついて来てたらしい。アパートの鉄階段を昇る音が2つ聞こえて、ようやく後ろに誰かいるって気が付いた。
どこの子だろうって思いながら放置してたら、オレんちの前までついて来て、一緒に中に入ろうとしてて焦った。
ちょっとたれ目だけど、可愛い顔立ちの男の子だ。大きくなったらイケメンになりそう。
人懐っこいし泣いてはないんだけど、やっぱ迷子みたい。
「どうした、の?」
しゃがんで目線を合わせて訊くと、「ままー」って呼ばれて抱き付かれた。
「うえっ、ま、ママ?」
もしかして、お母さんにオレ、似てるの、か? それとも服が似てた、とか?
ぷくぷくのほっぺですりすりされると柔らかいし気持ちいいけど、堪能してる場合じゃない。
「ちょ、ちょっと待って。お名前、は?」
念のために訊くと、その子はオレに頬ずりしながら、可愛い声で「おに」って答えた。
確かに鬼なんだけど、困ったな。
鬼になり切ってるのに、「違うでしょ」とか、あんま言いたくないんだけど。「今日は鬼だよ」って、お母さんに言い聞かされてたりしたの、かな?
真っ黒な髪からにょっきり出てる、小さな2つの角をじっと見る。
これ、材質何だろう? イマドキの変身グッズって、作り物っぽくなくて、リアルだ、な。
服に名前書いてないかなって思ったけど、トラ柄のケープをちらっとめくっても見当たらない。
かと言って、服を脱がしてまで見るのもどうかと思う、よね。
「じゃ、じゃあ、お家分かる? 住所とか、電話番号、とか」
オレの質問に、小鬼君はぷるぷると首を振って、「ままー」って言いながら抱きつくだけだ。
ど、どうしよう? こういう場合って110番していいの、かな? それとも交番まで連れてく、べき?
手を繋いでショッピングモールまで戻れば、探してるお母さんに出会えたりしない、かな?
あ、でも、もうすでに捜査が始まってて、誘拐犯に間違われたりしたら、困る、かも。じゃあ、やっぱ不用意に出歩かず、110番して待ってた方がいいの、かな?
「と、とにかく、中入ろう、か」
もし事件になってるなら、TVやネットに情報が出てるかも知れない。
立ち上がって小鬼君を誘うと、小鬼君は「うん!」と明るい笑顔でうなずいた。
うちの中に入ると、小鬼君はきょろきょろと部屋の中を見回して、それからベッドに近寄り、ちょこんと座った。
いきなりベッド、って。眠いの、かな? 幼児だし、昼寝の時間?
「こ、小鬼君、ジュース、飲む? 牛乳がいい?」
冷蔵庫の前で手招きすると、やっぱ子供だ。「ジュースー」って可愛い声で返事しながらベッドを降りて、とことここっちに駆けてくる。
そんで、ぼすんとオレの足に抱きつき、ぐりぐりと頭を押しつけた。
ぐりぐり、ぐりぐり。
「ちょ、ちょっと……」
眠いのかも知れないし、その仕草は可愛いんだけど、場所が場所だけにちょっとマズイ。
「え、え、えっと、ジュース……んっ」
妙な声が出そうになって、思わず口を押さえ、腰を引く。けど、小鬼君はそんくらいじゃぐりぐりをやめてくれなかった。
「ままー」
って。オレがお母さんじゃないの、確実に分かってやってる、よね?
「ま、ま、ママじゃない、よー」
足にセミみたいに抱きつかれたまま、強引に歩いてラグの方に向かうけど、小鬼君はちっとも離れない。離れないのはいいけど、ぐりぐりはダメ、だ。
ちょっと反応しかけてるのが自分でも分かる。
厚手のジーンズはいてるから、気付かれないとは思う、けど。
「こ、小鬼、君っ」
途方に暮れて頭をとんとん軽く叩くと、2本の角の感触が、妙にリアルなのに気付いた。
どうリアルかっていうと、えっと、田舎のじーちゃんちにある鹿の角の飾りに似てる。固くてつやつやで、でもつるつるじゃなくて、プラや陶器や木彫りみたいに冷たくない。
見た目は牛のに似てるけど、どうなんだろう? 本物の牛の角を使って作ってんの、かな?
ぼうっとそんなことを考えてると、ぐりぐりされながらぐいぐい押されて、バランスを崩しちゃった。
「うわっ」
悲鳴を上げたけど、小鬼君の体重分が乗せられてて、立てなおせずに尻もちをつく。
ラグの上だったからあまり痛くはなかったけど、ビックリした。
一方の小鬼君は、そんな直後なのにちっとも驚いてないみたい。
「ままー」
って。尻もちをついたオレの股間にダイレクトにしがみつき、さらにぐいぐいすり寄って来る。
こ、これは、ふざけてんのかな? 悪ふざけ? 子供だから、やめ時が分かんない? ひと様の子供だし、叱っていいのかも分かんなくて、どうすればいいのか分かんない。
「ま、ま、まって。ちょっと待って、小鬼君」
少しだけ声の調子を大きくしたら、小鬼君はオレの股間に顔を伏せたまま、「小鬼じゃないよ」って可愛い声で返事した。
いや、小鬼じゃないのは分かってる。分かってるけど、だったらお名前教えて欲しい。
「顔、上げ、て」
そう言って、頭にくっついてる角を両手でぐっと掴んだ途端――。
ビリビリビリビリビリ!
「ひゃっ、あああああああっ!」
角から弱い電流が流れて、全身に甘い痺れが広がった。
(続く)
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