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Season企画小説
大人になる日・8 (完結)
 バスローブのままで向かったSPAは、予約制の個室だった。
 スチームサウナと温泉に、岩盤浴。床も壁もロッジ風の板張りで、観葉植物が置かれてたり、間接照明だったり、ゆったり安らげる雰囲気だ。
 何より、2人っきりっていうのにホッとした。
 だって阿部君の背中にはオレが爪を立てた痕が真っ赤になって残ってたし。それにオレの胸元にも、キスマークがいっぱい散らされてた。こんな、いかにも事後ですって丸分かりの状態で、ホテル併設のSPAなんて行けっこない。
「うお、こ、個室、か」
 中に入ってホッとしたように言うと、阿部君は「当たり前だろ」って笑ってた。
「お前のこんな姿、他の男に見せられっかよ」
 髪をくしゃくしゃと撫でられ、ニヤッと顔を覗き込まれる。
 こんな姿、って。キスマークのこと? それとも、イマイチまっすぐ立てないことかな? どっちも阿部君のせいなのに。
 けどオレも、背中にミミズ腫れつけてる阿部君の裸、誰にも見せたくないからオアイコかも。

 順調に成長を遂げてる、筋肉質のキレイな体。
 オレだって頑張って鍛えてるのに、カラダの厚みは阿部君と段違いで、男らしくてドキドキする。
 20歳の、大人の体……だ。
 そりゃ、オレだって子供なつもりはないけど、阿部君に比べるとつるんとしてて、男の魅力には欠けると思う。
 無いものねだりしたって仕方ないけど、格好いいなぁってしみじみ思った。
 こんな格好いい阿部君と両思いだなんて、まだちょっと信じらんない。でも体の中には、深く打ち込まれた名残があって、それが夢じゃないって証明してくれてるようだった。
 さっきはシャワーだけだったから、温かいお湯に肩まで浸かるのは気持ちよかった。大穴を空けられたお尻はじんじんして、ちょっとお湯がしみたけど、痛くはない。
 広い湯船にゆったり寄り添って浸かった後は、バスローブの上からマッサージも受けた。
「メンズエステもご利用になれますよ」
 スタッフのお姉さんはにこにこと教えてくれたけど、キスマークのこと考えると、上半身だけとしても裸になるのはちょっと無理で。でも、バスローブ越しの指圧だけでも、十分腰が楽になった。

 部屋に戻った後は、脱がせ合った服を着せ合った。
 Yシャツのボタンを1番上までキチッとはめて、襟をきゅっと整える。
 スラックスをはき、ベルトをカチャカチャと締めてると、阿部君にぽんと肩を叩かれた。
「ネクタイ、締めてやるよ」
 大きな手を差し出され、そこに自分のネクタイを渡すと、「後ろ向け」って言われた。何だろうと思ったら、背中越しに腕を回され、首にネクタイを掛けられる。
 中学の制服がブレザーとだったオレと違って、阿部君はまだあんまネクタイ、締め慣れてないんだって。
「自分にするようにじゃねーと、締めらんねーよ」
 くくっと笑いながらそう言われたけど、ホントかどうかは分かんない。
 真後ろに息遣いを感じて、意識しないではいらんなくて、倒れそうなくらい緊張した。

「できた」
 耳の後ろで囁かれ、うなじに軽くキスされて、ぼんっと顔に血が上る。そのままぎゅーっと抱き締められた時は、どうしようかと思った。
 阿部君のネクタイをお礼に締めて上げてる時も、やっぱり緊張した。
 整った口元が目の前にあって、見ないようにって思っても、どうしても意識してしまう。
 太くて長い首、くっきりとした喉仏……どこを見ても照れ臭くて、目のやり場にすごく困る。ぴんと張ったシャツの襟にネクタイを添わせて結んでる間、1分もかからない作業に指が震えた。
 きゅっと締めた後、「さんきゅ」って言われてキスされる。
「社会人になった後もさ、毎日これやって貰いてーな」
 ぼそっと言われた言葉は、この先もずっと一緒だって意味に聞こえて、なんか妙に恥ずかしかった。

 スーツのジャケットを着る時、高そうなスーツだって話をまたされた。重くて、生地の触り心地が違う、って。
「う、うん。オーダーメイド、だよ」
 じーちゃんが払ってくれたから、値段がどうってのは見てないし知らない。でも、イタリア式より英国式だとか言ってたから、何かこだわりがあるんだろう。
 その話をしてて、ふと、じーちゃんに写真送ってないのを思い出した。
「阿部君、しゃ、写真、撮って」
 ケータイを渡して阿部君に頼むと、彼はぐるっと部屋を見回して、部屋に掛かってた油絵の額縁の横でパシャッと写真を撮ってくれた。
 それから、阿部君と2人並んでもう1枚。
「その写真、後で送って」
 阿部君に言われて、「うん」とうなずく。
 肩を抱かれ、スーツ姿で寄り添った写真は、すごく仲良さそうに撮れてて嬉しい。

「大人になった記念写真だな」
 くくっと笑いながら言われて、そういえばそうだなって、自覚すると顔が火照った。
 初めてえっちした場所で記念写真撮ったも同様で、それに気付くと恥ずかしかった。でも、阿部君もオレもいい笑顔で、見てるだけで幸せだ。
 阿部君の車に乗って、夜道をドライブしてる間も、その写真から目が離せない。
「こら、いい加減オレの方向けよ」
 阿部君に苦笑されるまで、ずっとそれを眺めてた。

 ずいぶん走ったような気がするけど、家に着いてしまえばあっという間だったようにも思える。
 知らない街を抜け、知ってる道に出た時は、ああもう着いちゃうんだなぁって、すっごい名残惜しかった。
 夢のような時間は過ぎて、現実が戻って来る。
 明日からはまた大学で、阿部君のいないチームで野球を続ける毎日だ。
「またドライブ行こうぜ」
 阿部君の誘いに、素直にうなずく。
 ドライブだけ? またホテル、行くのかな? あれこれ考えながらシートベルトをカチッと外すと、いきなり阿部君の腕が伸びて来た。
 頭を引き寄せられ、ちゅっと唇が奪われる。オレを引き留めるシートベルトはもうなくて。
「なあ、ネクタイのこと、覚えとけよ」
 そんな囁きと共に未来を示され、胸も顔も熱くなった。

 就職したら、もっと大人だ。お金を稼ぐのも大人。マンションを自分たちで借りるのも大人。
 オレたちはきっと、一緒にこうして大人になって行くんだ、な。

 一緒に1つ大人になった恋人の、車のテールランプを見送って、それからゆっくり自宅に戻る。
 オヤの顔見るの、さすがにちょっと気恥ずかしかったけど、「お帰り〜」ってかけてくれた声はいつも通りでホッとした。
「成人式、どうだった? みんなに会えた?」
 お母さんの言葉に、「うん」とうなずく。午前中に感じてた、寂しさや後悔は影もない。
 うっかりじーちゃんに阿部君と一緒の写真を送信しちゃって、「これは誰だ」とか「ここはどこだ」なんて訊かれてすっごい慌てたりもしたけど――過ぎてしまえばそれも含めて、忘れらんない日になりそうだと思った。

   (終)

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