Season企画小説
My Sweet・8 (完結)
店が始まっても、ショーの時間が近付いても、阿部君の機嫌は治らなかった。
「ほんっとあの人、勘弁して欲しい」
頭を抱えて、「くそっ」って悪態ついて、うんうん唸ってる。
オレもまだ、お尻掴まれたショックから立ち直ってるとは言い難いけど、あの後すぐにオレんちに戻って、ぎゅーっと抱き締めて貰ったらマシになった。
もちろん、抱き締めてキスして、そんだけじゃ済まなかったんだけど……。
「この後、仕事だもんな」
って、手加減して貰えたし、1回だけで許して貰えた。
まだ余韻が残ってる気もするけど、立ち仕事ができないって程でもないし。デートはできなかったけど、お陰で一旦リセットできてよかった。
部長さんに掴まれたお尻は、「消毒だ」って言って、阿部君にガブッと歯形をつけられちゃった。
ホントに消毒になるかは分かんないけど、お陰で掴まれた感触よりも、噛まれた痕がヒリヒリ痛い。
「他にどこ触られた?」
阿部君は怒ったように訊いて、ヒザにも肩にもくっきり歯形をつけてきた。
姿勢がよくて行動的で、50代にはとても見えなかった部長さんは、オレの思った通りのやり手で、出世頭で、独身で……そんで、ホモなんだって。
どうして阿部君が、そんなプライベートなこと知ってるのか気になったけど、イヤそうに顔をしかめられたから、突っ込んでは訊けなかった。
でも、阿部君が駆り出された接待については、ゆっくり話、聞くことができた。
疑ってた訳じゃないけど、ちゃんと話を聞いてみれば疑う要素なんて何もなくて、ホッとする。
先方の専務ご一家っていうのは、そもそもあの部長さんと懇意で、阿部君は雑用係として呼ばれただけのつもりだったみたい。
昨日の昼に、新幹線のホームまで迎えに行って、ご家族をホテルに送った後、専務を社の方にお連れして。そんで会議の後、ご一家をお迎えに行って、レストランで会食だって。
会食があったせいで、うちに来るのも遅かったみたい。
「会食に呼ばれた時、断れば良かったんだよな……」
阿部君はしみじみそう言ってたけど、サラリーマンとして、そういう接待とかご招待とかを断るのって、あまりよくないだろうって思う。
「その後、『夫婦水入らずでゆっくりしたい』つって、娘を押し付けられて、ホント参った。『ホテルのラウンジで』『お部屋もお取りしましょう』って、冗談じゃねーっつの」
カウンターで頭を抱え、不機嫌そうにぼやいてる阿部君は、ホントに心の底からうんざりしてそうだ。
「大変だ、ね」
1辺4cmのアイスキューブを、アイスピックでガツガツと削りながら、お疲れの顔をじっと見る。
こうやって作るのは、普通はまん丸の氷なんだけど、今日は特別に違う形にしたかった。
「それで、うち、来たの?」
氷細工をしながら訊くと、阿部君は「おー」って応えて、むくっと起き上がった。
「当たり前だろ、お前んとこ以外に行きてぇ店なんかねーし。癒しがねぇと、残業接待なんかやってらんねーっつの」
ニヤッと笑われて、オレもうひっと笑い返す。
うちの店以外に行きたくない、って、さらっと言ってくれるのが嬉しい。
突然の女連れには、やっぱちょっとヤキモキしたけど。でも他のお店で過ごされるよりは、オレの目の前にいてくれる方がいいと思う。
「これ、店のみんなで食って」
阿部君がぽんとカウンターに投げ出したチョコは、どう見ても本命チョコにしか見えなかったけど……阿部君は「義理だから」って言うばっかだ。
「『恋人いるんで、義理チョコしか頂けません。お返しもご用意できません』つったら、『分かりました』ってさ」
って。そうハッキリ言ってくれたのは、恋人としては嬉しいけど、どうなんだろう? 大丈夫なの、かな?
「んなことくらいで失脚する程、無能じゃねーよ」
ニヤッと笑う阿部君は、大丈夫かなって思う反面、すっごく頼もしい。
「それに多分、部長も織り込み済みだから、心配すんな」
苦手に思ってる風なのに、部長さんのこと信頼してる感じもして、そんなとこもいいなぁと思った。
クリーム仕立てのチョコレートリキュールを、フリップしてタップして、銀色のティンに注ぐ。45ml。
風味付けにオレンジキュラソーをほんの少し足して、パイントグラスを被せてシェイクする。
ボストンシェーカーをシャカシャカ振るオレの目の前で、阿部君がぐるっと店内を見回した。
もうすぐ1回目のショーの時間だ。土曜日の夜8時、店内はゆっくりと混み始めてる。BGMの音量も大きいし、ガヤガヤと賑やかな気がするけど。
「はー、ここ来ると落ち着くなぁ」
しみじみとそう言われると、やっぱ嬉しいし光栄、だ。
ホテルのラウンジみたいに静かで上品な雰囲気はないけど、負けないくらい美味しいお酒、恋人に出したい。
豪華な義理チョコより、もっとインパクトのあるチョコ、渡したい。
「レンの初恋」でもいいけど、それよりは阿部君限定で。
パイントグラスをひっくり返してストレイナーの代わりにし、さっき削った特製の氷の上から、ショットグラスに注ぎ込む。
少しブラウンがかったベージュ色の、チョコレート・オン・ザ・ロック。
オイスターショットも悪くなかったけど、阿部君にはやっぱ、こっちのショットを味わって欲しい。
「本命チョコ、です」
サービスのポッキーを添えてコルクコースターの上に置くと、中の氷がカランと鳴った。
その氷はハート型で――。
阿部君はすぐにそれに気付いたみたい。
「はっ、何か熱心にやってると思った」
そう言って、くっと一気にグラスをあおり、「甘ぇ」って舌を出して笑った。
(終)
※155万打キリリク「ルーキーズフレア」に続きます。
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