Season企画小説
策士の恋 (2014沖誕・大学生・にょた注意)
※三橋が女の子です、苦手な方はご注意ください。
部活の後、シャワーと着替えを済ませてクラブハウスを出たところで、マネージャーの三橋に声をかけられた。
「沖、君」
手にはリボンのついた包みを持ってて、それをぐいっと差し出される。
中身はすぐに分かった。クッキーだ。
「お、誕生日、おめで、とう」
「ありがとうー」
へらっと笑って、ありがたく受け取る。
大学に入学してまだ3ヶ月ちょっとだけど、三橋が部員の誕生日ごとに、こうやってクッキーをくれるのは、すでに恒例になりつつあった。
牛乳多めに入れてるとかで、ほんのり優しい味なんだそうだ。
「夜、でもいいかと思ったんだ、けど、バタバタしそうだった、から」
それを聞いて、ちょっとビックリした。
確かに、今夜は野球部同期の合コンで、どこかのサークルと一緒にやるって聞いてたけど……三橋も行くとは思わなかった。
だって、そういう合コンとか、参加しそうなイメージじゃないし、同学年の女子マネは1人だし。
「へぇ、行くんだ?」
「う、うん。沖君、は?」
「オレも行くよー。畠が全員参加だって言うから」
そう言うと、三橋もこくこくうなずいた。どうやら同じく、全員参加だって言われたらしい。
「知ってる人、いない、って言ったんだ、けど。じゃあ余計に、友達作れ、って」
「えっ、畠が?」
そう訊くと、三橋は困ったように眉を下げて、うなずいた。
畠っていうのは、オレらのチームメイトで、1年生捕手の1人だ。
捕手にはもう1人、阿部っていう、オレの同高出身のヤツがいるんだけど、どっちもO型でどっちも声がデカくて、どっちも今一デリカシーがなかった。
オレも声がデカいヤツ苦手だから分かるんだけど、三橋は畠も阿部も苦手そうにしてて……だから、「友達作れ」って言ったっていうのに驚いた。
えっ、三橋って、畠と会話するんだ? そういえば、同じ群馬出身なんだっけ?
不思議に思ってると、向こうから噂の捕手2人がグラウンドから戻って来た。
「沖! 早ぇーな」
片手を挙げて、大声で言ったのは阿部だ。相変わらずムダに声がデカい。
三橋なんか背中向けてて、接近に気付いてなかったせいか、飛び上がるくらいビビってる。
次の瞬間、ぴゅうっと風のように逃げてった三橋に、阿部が「なんだ、あれ?」って言ってるけど……いやいや、そのデカい声のせいだから、ゲンミツに。
「阿部……声、デカ過ぎだから」
思わずそう言っちゃったのは、誕プレクッキーへのささやかなお礼だ。
勿論、阿部の為じゃなくて、三橋の為だけどね。
「オレも結構ビビりだから、大声って苦手だけどさー、三橋は女の子なんだから。彼女がいるとこでは、なるべく声、抑えてあげてよ」
畠は「優しいじゃん」ってからかってきたけど、阿部の方は一応、神妙な顔してた。
まあねー、マネージャーに怖がられるって、やっぱりショックだよね。
でもこれを機会に、不用意な大声でビビらせることが減ればいい。阿部の大声、ホント、心臓に悪いから。
合コンは、7時に2駅向こうのカフェレストランで始まった。向こうの女子の指定なんだそうで、すっごいオシャレな雰囲気だ。
軽食は持ち込み可なんだそうで、向こうのサークルの女子が、手作りの軽食を並べてくれた。
サンドイッチとか、カナッペとか、キッシュとかが、大きな木のテーブルを飾ってる。三橋のクッキーも、そっと端っこに並んでた。
その控えめな置き方がホント、三橋らしい。
もっと真ん中に堂々と置けばいいのに、と思う反面、オレでも同じようにするかなー、とも思う。どっちみちオレも三橋も、こういう合コンには多分不向きだ。
テーブルの斜め向かいで小さくなって座ってる、小柄なマネージャーをちらっと見る。
幹事の畠が「全員参加」って言うから来たけど……それがなければ多分、参加してない。三橋も同じだろうなと思った。
全員に注文したドリンクが回ったところで、畠が立ち上がって、司会を始めた。
「今日はダンスサークルの華やかな女性陣にもご参加いただきまして、ありがとうございます! まあ、若干1名、うちの地味な女子が混じっておりますが……」
それを聞いて、ドキッとした。
だって、地味な女子、って三橋のことだ。えっ、普通、仲間のことをそんな風に言う? そりゃ、ダンスサークルってとこの子に比べれば、すっぴんだし地味だけど……。
他の女子がくすくす笑う中、畠の司会は続いて行く。
よく聞いてなかったけど、何か面白いこと言ったらしくて、どうっと笑い声が沸き起こる。
「……まあ、そんな感じの野球部ですが、今日はよろしく! みんなで楽しくやりましょう。乾杯!」
乾杯の合図に、慌てて目の前のドリンクを掴むと、三橋も真っ赤な顔ながら、コップを掲げてたんでホッとした。
でも……畠の三橋いじりは、それで終わらなかったんだ。
「さすがに女子大生はキレイだよなー。えっ、それが普通!? うちには『こんなの』しかいねーから分かんなかったわー」
とか。
「身なりに気ィ使う女子は、色々きちんとしてそうでいいねー。コイツなんか、女子力低すぎて。きちんとどころか、整理整頓できないしね」
とか。
いや、ダンスサークルの女子を持ち上げるのは分かるよ、お客さんだしね。でも、対比させるように三橋を落とすのはちょっと……ヒドくない?
オレはもう、自分のコトみたいにお腹がきゅーっと痛くなって、辛くなって、でも面と向かって畠に注意することもできなくて、こわごわと三橋に目を向けた。
三橋は気丈にも、空気を壊さないように笑ってたけど、どう見ても作り笑いで痛々しい。
えー、もう畠、喋るのやめればいいのにな。誰か注意すればいいのに。
でも三橋がへらへら笑ってるせいか、誰も畠に何も言わない。
どうしよう、と思ってると――畠が更に言った。誰かの手作りの、オシャレなカナッペを頬張りながら。
「うっめー! みんな料理上手だよねー。なんか1人、場違いにもオヤツ持って来たヤツいるけど。小学生の集まりじゃないんだからさー」
それは明らかに、三橋のクッキーを揶揄してて……さすがの三橋も顔を強張らせて、今にも泣きそうにうつむいた。
うわー、畠、やり過ぎだよ。いくら同郷の知り合いでも可哀相だよ。
そう思った時――。
「そーかな、オレはこういう気取らねぇ方が好きだぜ」
誰かが大声でそう言って、三橋の横に強引に座った。
阿部だ。
よく言った、と誉めたいところだけど、阿部、大声やめろって言ったじゃん? 三橋は可哀相なくらい小さくなって、でも逃げるに逃げられなくて怯えてる。
無理ないよねー、入学してからこの4ヶ月、ずっと怖がってきた相手だもんね。
阿部、大声厳禁だよ?
オレは精一杯阿部を見つめて、必死に思念を送り続けた。
それが伝わったのかな?
阿部が……小声でそっと、三橋の耳に何か言った。
えーっ、小声で喋ることできたんだ!? ビックリして見つめてると、三橋もビックリしたのか、うつむいてた顔を少し上げた。
その耳に顔を寄せて、また何か囁く阿部。
そしたら、何言ったか知らないけど、三橋がちょっと笑ったんだ。さっきみたいな作り笑いじゃなくて、ホントの微笑み。
もうオレ、感動したね。阿部、やればできるじゃん?
ホッとして見つめる中、阿部は周りに目もくれず、ひたすら三橋のクッキーを食べては彼女の耳に囁いて、くすくす笑い合っては、クッキーを食べた。
見たことないくらい優しい顔で笑う阿部を見て、さすがのオレも気付いちゃった。阿部……三橋が好きだったのか……って。
まあ、でも、阿部は声がデカ過ぎるのと、デリカシーがないのと、マイペースなのさえなければいいヤツだし。
野球の上では策士なとこも目立つけど、実生活ではそれもないだろうし……今日の三橋にとっては、ヒーローだしね。
うん、うまくいって欲しいなぁ。
畠は畠でもう三橋をいじるのはやめて、普通に話題を振り始めてる。
「ドリンクお代わりする人ー」
とか。
「メシ食う人、注文してー」
とか。そういう幹事の仕事も忘れない。
阿部と三橋は完璧2人の世界に入っちゃったけど、畠のお陰か、誰もそこに割り込んだりはしなかった。
オレも安心してテーブルの向かい側から目を離し、それなりに飲んだり食べたり楽しんだ。
ホッとしたら、時間の経つのは早かった。
あっという間に2時間経って、1次会は終わりだって。
「2次会はカラオケでいーよなー?」
畠が声を張り上げて、幹事の仕事を進めてる。
いやー、一時はどうなるかと思ったけど、阿部の機転で三橋も泣かず、和やかなままで終わってよかったよね。
畠の三橋いじりにはハラハラしたけど、でもそれがあって三橋と阿部が近付けた訳だし。
阿部も不毛過ぎる片思いから、前進できたみたいでよかったじゃん?
三橋は今、もう阿部のこと怖がってないし。間近で見つめられて笑顔向けられて、満更じゃなさそうだし。顔赤くなってたし。
もしかしてカップル誕生? 結果オーライ?
そう思ってたけど――。
オレ、見ちゃったんだ。店を出る直前、畠と阿部がこっそりハイタッチしてたの。
えっ、なんでハイタッチ? えっ、もしかしてグルだった?
じゃあ、畠の執拗な三橋いじりも、阿部の機転も、全部2人のシナリオ通り?
っていうか、そもそも「全員参加」のこの合コン自体、もしかして――?
ぞーっと鳥肌立ててるオレの目の前で、阿部が三橋の肩を抱いて、2人だけの2次会へと消えていく。
オレはそれに割り込む勇気も持ってなくて……。
三橋が幸せならそれでいいのかな? そう思って、目を逸らした。
(終)
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