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Season企画小説
さよならのコンビニケーキ (2014叶誕・社会人・切ない)
 広島のオレんちに、廉が阿部を連れて突然来たのは、金曜の夜のことだった。
 梅雨だから仕方ねーけど、ずっと雨続きで。会社から帰った後、洗濯機を回しながら、何となく落ち着かねぇ気分でいた。
 思えばそれは、虫の知らせみてーなモノだったのかも知れねぇ。
 ピンポーン、と突然鳴った呼び鈴にビクッとして。
「ワリー、叶。何も訊かねーで、2、3日泊めてくれ」
 阿部に切羽詰まったような顔で頼まれて、ドキッとした。

「ああ……とにかく、入れよ」
 そう言って2人を中に入れたのは、廉の様子が気になったからだ。
 ガクガク震えてて。
 いつもなら、「修ちゃん」つって、にこっと笑うハズなのに、オレの方をちらっとも見ねーでうつむいてた。
 雨、激しいし。濡れて寒いのかと思ったけど、どうもそうじゃねーみてーだ。
 いや、濡れてるは濡れてるけど……何かあったんかな?
 
「うち、よく分かったな。市電で来たのか?」
 タオルを渡しながら、TVの前に座らせて訊くと、阿部が短く「あー」と答えた。
 それはどっちの「あー」なんだと思ったけど、ツッコむのもちょっとためらわれた。余裕がねぇって感じで。
 まあ年賀状に住所書いたし、スマホでマップ見ながら歩けば、知らねー土地でも来れるよな。
 コーヒーの用意をしながら、そっと2人の様子を見る。
 阿部はなんかピリピリしてて、廉は――泣き腫らした顔、してた。

 阿部のことは、廉のトモダチって程度しか知らねぇ。廉の行った埼玉の西浦高校のチームメイトで、同級生。
 けど、廉は大学はオレと一緒に群馬の三星大学に行ってたし。卒業後もそのまま、三星学園に就職したハズだ。
 阿部が群馬に就職なんかするハズねーから、埼玉か東京の大学出て、あっちで暮らしてたんじゃねーかと思う。
 それが、何で今一緒に?
 大学時代に、廉から阿部の話なんか聞いた覚えはなかったぞ?

 コーヒーを飲んだ後、少し落ち着いたのか、廉がようやくオレを見た。
「ごめん、修、ちゃん……」
 そう言ったかと思うと、ぽろぽろ泣き出したんで、さすがにビビった。いや、廉は昔から泣き虫だったけど、ガキじゃねーんだから。
「どしたんだよ……?」
 呆然と尋ねたけど、応えはねぇ。廉は、さっき渡したタオルで涙を拭いて、「ん……」とだけ言った。
 週末の間? 2、3日泊まるつってたけど、その間に少しでも何か聞けんのかな?
 知らねーヤツらじゃねーし、泊めんのはいーけど、そういえば布団がねぇ。雑魚寝でいーのか? そう思って、2人に目を向けて、ドキッとした。
 阿部が、いたわるように廉の肩を抱いてて。廉が、そっと阿部に身を預けてて。
 まるで――恋人同士のように見えた。

 何かに追われてんじゃねーのかな? ふとそう思ったのは、洗濯機の終了の音に、廉が飛び上がるくらいビビってたからだ。
 そりゃ、昔から廉はビビりだったけど、洗濯機のピー音でそこまでビビることはないだろう。
 何も訊くな、って言われたからには訊かねーけど……なんか、スゲー気になった。

 真相を知ったのは、その直後。
 オレのケータイが鳴って。何の変哲もねぇ着信音なのに、廉が「ひぃっ」と息を呑んだ。
 阿部はと見ると、廉の肩をいっそう強く抱き寄せて、こわばった顔でオレを見てる。
「……三橋からだ」
 オレはケータイの画面をちらっと見て、2人に言った。
 三橋っつーのは、廉のイトコだ。三橋瑠里。けど、廉はそれを聞くと真っ青な顔して、オレの腕に縋った。

――お願い、出ないで――

 口パクで廉が言う。でも一瞬遅くて、ケータイからは三橋の声が聞こえてきた。
『もしもし? 叶? ……叶?』
 自分のイトコの声を聞いて、廉が怯えるように、オレの腕をぎゅっと掴む。ただ事じゃねぇと思った。
 オレは基本、どっちの三橋にも中立でいてぇけど……。
「おー、ワリィ。ちょっと洗濯中で。何? 珍しいな」
 何もないフリで電話に応じながら、廉の目を見てうなずいた。

 三橋は単刀直入に訊いて来た。
『ねぇ、そっちにさ、廉来てない?』
「はぁー? 廉? 来る訳ねーだろ、オレ今、広島だぞ?」
 そう言うと、三橋の方も一応訊いただけだったみたいで、『だよねぇ』って納得してた。
『やっぱり、頼るなら西浦の知り合いだよね』
 って。
 オレはちらっと阿部を見た。同時に、なんでコイツらがオレを頼って来たのかも分かっちまった。
 共通の友人でもなくて、広島なんて遠い場所にいるオレは、追っ手の裏をかくにはいい存在だったんだろう。そういうとこ、捕手らしいなと思った。

『で? 廉が何って?』
 オレはさり気なさを装って、三橋に話を向けた。興味があったっつーより、普通なら訊くだろうからだ。
 だって、三橋とは家が近所で幼馴染だけど、こんな突然電話してくるような仲じゃねーし。どうしたんだ、って思わなきゃおかしい。
 オレへの疑いは晴れたのか、三橋も特に警戒なく話してくれた。
『廉がね、帰って来ないのよ。明日結納なのに』
『ユイノウ?』
 ユイノウつったら……結納か? つまり正式な婚約っつーか、家同士の儀式みてーな……。
「なっ……」
 なんで、とまた言いかけて、オレは結局言葉に詰まった。

「……明日なんだろ? 別に、騒ぐことねーじゃん。10分前に帰ればいいんじゃねぇ?」
 はははっ、と笑ってやると、『もう、他人事だと思って』って文句を言われた。そして。
『違うのよ、笑いごとじゃないの。廉……駆け落ちしたみたいなの』
 三橋のその言葉に、オレは「駆け落ちぃっ!?」と思わず大声で叫んじまった。
 慌てて目の前の2人を見て、ハッと口を閉じる。
 青い顔でオレを見る廉。その廉を、後ろから阿部がしっかり抱き締めてて。駆け落ち中の恋人同士だと、言われてみればそんな感じだ。

 オレが黙って2人の様子を見てる間、電話の向こうで三橋が騒がしく状況を説明してくれた。
 廉が今朝、置手紙を残して姿を消しちまったこと。
 駅で、阿部らしき人物と一緒だったのを目撃されたこと。
 買った切符が、東京行きだったこと。
 置手紙には、「好きな人がいるので結婚できません」と書かれてたこと――。

 コイツはどっちの味方なんだろう? 話を聴きながら、ふと思った。
 廉? それとも三橋家? 何のために廉を探してる?

「……好きなヤツがいるんなら、まあ逃げんのはどうかと思うけど、このまま結納進めちまうのもどうかと思うぜ? 廉が納得しての結婚じゃねーなら、ムリに進めてもすぐ離婚するって」

 オレが一般論を口にすると、三橋は黙ったまま応えなかった。
「お前はどっちの味方なんだよ? 廉に結納受けさせてーのか? つーか、その結納の相手って誰?」
 一瞬、『私だよ』って言われんのかと思ったけど、違った。
『おじーちゃんの友達の……』
 そう言って、また黙った。

 1分か2分か、そんくらいの沈黙の後、三橋が言った。
『ごめんね、こんな夜遅くに。私、廉を探さなきゃいけないから、他を当たってみる』
 そして、もし廉を見かけたら、連絡くれるよう頼んで電話を切った。
 ケータイを置くと、今度は廉が喋り出した。
「瑠里のトモダチ、なんだ。相手の子。瑠里は喜んでて。オレ、イヤだって言えなく、て……っ」
 言いながら、ぼろぼろ泣き出した廉を、阿部がぎゅっと抱き締める。
「なんで……?」
 オレは静かに呟いて、目の前の2人を見た。訊きたいことは、いっぱいあった。
 廉の「好きなヤツ」て、やっぱ阿部か? いつからそんな関係だった? 大学ん時も付き合ってたか? なんで今? なんで、もっと早くに言わなかった?

 けど、何も訊かねぇってのが最初の約束だったから――。

「悪ぃ、オレ今日、ダチと飲みに行く約束してんだよ。朝まで帰んねーかも知んねーから、合い鍵渡しとくな」
 オレはそう言って、立ち上がった。

 部屋着を脱いで、Tシャツとジーンズに着替えながら、わざとらしかったかな、とちょっと思う。
 けど、なんつーか、かける言葉が見つかんねーし。頭ぐちゃぐちゃだったから、ちょっと1人で考えたかった。
「修ちゃん、巻き込んで、ごめん」
 廉が玄関までオレを見送って、うつむいてぼそっと言った。
 そんな風にしょぼくれた姿見せられると、やっぱ責めらんねーと思う。「三橋家」の犠牲になんか、なる必要ねーんだ。誰も。
 オレは答える代わりに廉の柔らかな髪を撫でた。
「安心しな、誰にも言わねーから。オレにできることなら、なんでも言ってくれ」
 廉はすんっと鼻を鳴らして、「うん、ありがとう」ってにかっと笑った。


 それが、廉を見た最後だ。
 ダチんちに酒持って転がり込んで、朝まで飲んで。ふらっふらしながらコンビニ寄って、3人分の朝メシ買って帰ったら、もういなかった。
 玄関にはカギがかかってて――新聞受けには、オレの貸した合い鍵が入ってた。
 部屋の中にあったのは、気弱そうな廉の文字で書かれたメモと、小さなコンビニのレジ袋。
――修ちゃん、お誕生日、おめでとう――
 メモにはそう書かれてて。レジ袋には、コンビニのイチゴケーキが入ってた。

 2人が、それからどこへ行ったのかは知らねぇ。三橋からは何も聞いてねーし、オレも訊かなかった。
 ただ、あの日1人で食べたコンビニケーキの味だけは、一生忘れらんねぇと思った。

   (終)

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