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Season企画小説
Iの襲来・8 (完結)
 朝起きると、ベッドの中に阿部はもういなかった。
 カーテンの隙間から光が漏れているのを見て、今何時だろう、と枕元の時計を見る。
「う、え……」
 8時だ。
 慌ててガバッと起きようとした三橋は、下半身の痛みに、バタンと再びベッドに沈んだ。
 昨夜は激しかった……と思い出すと、身もだえする程恥ずかしい。
 ふと手首を見ると、縛られた跡がくっきりと付いていて、カーッと顔が熱くなる。
 
 だるい下肢に気を付けながら、両手を突いてそろそろと起き上ると、胸元のあちこちにキスマークが散らされているのが目についた。
 うわ、と心の中で悲鳴を上げる。
 見える範囲でこれならば、見えないところにはどれだけ付けられているのだろう?
 幸いにも今日は日曜だが、明日までにキレイに消えるとは思えない。ちゃんと、ワイシャツで隠れる範囲に収まってくれているだろうか?
 鏡を見たいような、見たくないような。複雑な気分を抱え、三橋はふらふらとベッドを降りた。

 泉はもう起きているだろうか? 朝食は?
 脱ぎ散らかされた服を拾い、のろのろと身に着けて、スリッパのままダイニングに向かう。
 戸を開けると、ふわっとコーヒーの香りがした。
「起きたか、廉。具合どうだ?」
 晴れやかな笑顔で、阿部が言った。
「ど、どうって……」
 そんなこと、泉の前で訊かないで欲しい。
 ソファに座る泉にちらりと目を向けると、旧友は素知らぬ顔でコーヒーを飲んでいたので、三橋はホッと息をついた。

「おは、よう、泉君」
 もじもじと声を掛けると、「おー、はよ」と普通に挨拶を返される。
 昨日の情事は、聞かれずに済んだのだろうか?
 気にはなったけれど、まさか訊く訳にもいかない。三橋はキョドキョドと泉を見たが、結局「廉」と阿部に呼ばれてダイニングに向かった。

 ダイニングテーブルには、アパートメントのすぐ近所にあるカフェからテイクアウトしたのだろう、見慣れたサンドウィッチやベーグルなどがコーヒーと一緒に置かれていた。
 泉の食べていたのと同じだ。
「阿部君、買って来てくれた、の?」
「おー、まあ、ダッシュでな」
 阿部は何でもなさそうに軽く答えたが、三橋は嬉しくて、顔をほころばせた。
 あれだけ泉の事を嫌ってそうだった阿部が、泉の分までちゃんと用意してくれている。しかも、コーヒーまで淹れて。
 昨夜、嫉妬を隠そうともせず、ベッドの上で執拗に反省会をさせた恋人とは別人のようだ。

 いや、たっぷり反省会をしたからなのだろうか? 阿部は機嫌よく三橋にコーヒーを勧め、買って来たサンドウィッチを食べ始めた。
 考えてみれば泉がいるのに、裸で寝ている三橋をベッドの上に放置して、すぐそことはいえ買い物に出てくれたのも意外だ。
 泉が恋敵ではない、と、ようやく納得してくれたのだろうか?
 それとも、信用してくれた?
 どちらにしろ嬉しくて、三橋も機嫌よく朝食を食べた。


 阿部の携帯電話に急な仕事の電話がかかって来たのは、丁度朝食を食べ終えた頃の事だった。
「はあ!? ふざけんな、今日は日曜だろ! ……こんな時ばっか日本人呼ばわりすんな! 日本人がみんな仕事熱心とは限らねーんだよ! ……はあ!?」
 英語でそんな風に言い争いをしていた阿部は、「くそっ」と悪態をついて、携帯をダイニングテーブルに叩き付けた。
 どうやら、言い負かされたらしい。
「うお、あ、阿部君、お仕事?」
「あー。くそが。アパートメントの10階から3階まで水浸しだってよ。一体何やったらそうなるんだっつの」

 口では文句を言いつつも、パッと切り替えは済ませたらしい。阿部はてきぱきと作業服に着替え、工具箱を持って玄関を出た。
「じゃあ、行って来るけど。廉、くれぐれも浮気すんなよ?」
 こんな時だというのに、ぎゅっと抱き寄せられてキスされる。
「外出る時は、ハイネック着ろよな」
 首筋にも軽いキスをされ、「うお、もうっ」と照れる三橋にふふっと笑い、阿部は颯爽と出て行った。

「えっ、アイツ、どこ行ったんだ?」
 驚いたように泉に訊かれて、三橋は「仕事だ、よっ」と笑って答えた。
「給排水や空調設備、の、メンテナンスとかする、仕事、してる、んだ」
「へぇ、技術職だな」泉の相槌に、「うんっ」と思い切りよくうなずいて、にへっと笑う。

「阿部君は、スゴイ、んだ」
 にへにへと笑いながらそう言った三橋を、泉は面倒臭そうに「はいはい」とあしらった。
「少なくとも、悪ぃヤツじゃなさそうだな」
 それは泉にしては誉め言葉だと思って、三橋は更に笑みを深めた。
 大事な旧友に、大事な恋人を認めて貰えるのは嬉しい。自分が幸せなのだ、と、分かって貰えたらもっと嬉しい。
「泉君、は? いつまでこっち?」
 ずっと訊けずにいた事を訊くと、泉はカバンの中からサッと飛行機のチケットを出した。
「ハロウィンまで……って言いてぇとこだけど、仕事で来てんだ。月・カ・水とLAで会議」
 それを証明するかのように、チケットには今日の日付で「NY発LA行き」と書いてある。

 三橋はそれをザッと見て、「うおっ」と驚きの声を上げた。
「ふ、フライトまで、あと4時間、だよっ」
「空港、近いだろ」
「そ、そうだけど……」
 確かに、NY市の中に空港は3か所あるが、どれも近い。このセントラルパーク界隈から見ても、1時間ちょっとと考えておけばいいだろうと思う。

「10時にココ出りゃいい、ってアイツも言ってたぜ」
 アイツというのは、阿部のことか。
 泉の言葉に「ふえ」と小さく驚きながら、三橋は成程と思った。阿部の機嫌が良かったのは、多分泉がすぐに去ることを知ってたからだ。
 いや、その他にも、2人で何か話し合ったりした可能性もあるけれど。

「31日、また帰りに寄るから。そん時はまた泊めてくれよ。パレード見に行こうぜ」

 泉は軽快に笑って立ち上がり、わしゃわしゃと三橋の頭を撫でた。
「うお、よ、寄るから、って……」
 まさか、LAからNYまで、わざわざ戻って来ようというのだろうか? 「ついでに」寄れる距離でもないのに。単純なフライト時間だって、6時間もかかるのに!?
「な、なんで?」
 驚いて尋ねると、「言ったじゃねーか」と言われた。
「うえ、し、心配だ、から?」
 こてん、と首をかしげた三橋に、泉の大きな瞳が向けられる。

「好きだから、つっただろ」

 そのセリフは、やっぱりウソか冗談にしか聞こえなかったけれど――。
「ヘンタイスケベはやめて、オレにしとけよ」
 と、胸元のキスマークをからかうようにつつかれて。三橋は言い返すこともできずに、真っ赤になった。

 ハロウィンの夜、また阿部が荒れなければいいけれど、と、祈る必要はありそうだった。

   (完)
※2014七夕・Jの襲来 に続きます。

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