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Season企画小説
Jの襲来・1 (2014七夕・NY同居パロ)
※このお話はGの襲来Hの襲来Iの襲来 の続編になります。





 日本で7月の行事といえば七夕になるだろうが、ここ、合衆国の行事はというと、やはり7月4日、独立記念日だ。
 最近の日本と同じく、大抵の祝日が月曜日に設けられるこの国でも、この独立記念日は「July,4th」と呼ぶだけあって、必ずその日に行われる。
 6月の下旬になると、街のあちこちに星条旗が飾られ始め、特売セールも目立つようになって、お祝いムードが高まってくる。
 国を挙げての祝日になるので、学校や官公庁は休みだが、レストランやショップ街は大賑わいだ。
 NYでも様々なイベントが、あちこちで催される。
 特に、メイシーズの花火は有名で、三橋も密かに楽しみにしていた。

 なのに――。

「……はあ」
 理事を務める日本人学校の職員室で、三橋は大きなため息をついた。
 その手には、折り紙で作られた短冊が1枚。さっき、「理事長先生もどうぞ」と言って、職員に渡されたものだ。
 職員室の窓の向こうには、大きな笹飾りが風に揺れている。
 短冊はもちろん、生徒たちの手作りの輪飾りや網飾り、提灯や星飾りが吊るされていて、それなりに賑やかだ。
 肝心の笹竹は真緑の樹脂製だったけど、本物の笹を日本から空輸しようにも、検疫などが面倒なので仕方ない。
 日本の行事に少しでも馴染みを、との方針で、こういう季節イベントはきっちりと祝ってやりたいが、それなりに限界はあるようだった。

 近年、「Wish Tree」として白い荷札を短冊に見立て、願い事を書いて木に飾っていくイベントが、欧米でも見られるようになってきた。
 白い短冊ばかりがわさっと盛られている様子も、それなりに風情はあるけれど、やはり七夕飾りとは別物だという気がしてならない。
 短冊を飾るばかりが七夕じゃないし、願い事を書くだけが短冊じゃないと思う。
 だから三橋は、例年この学校の短冊に、「健康」とか「平和」とか「笑顔」などと書いて来た。
 けれど今年は、個人的な願い事を書きたい気分だ。

 どうしようかな、と、短冊を弄びつつ、風に揺れる笹飾りを眺めていると、また職員に声をかけられた。
「先生、どうされたんですか? もうすぐ夏休みだっていうのに、浮かないお顔ですねぇ」
「ふえっ!? う、うん。夏休み、です、ね」
 話しかけられるとは思ってなかったので、思いっ切りキョドってしまった三橋だが、そんな理事長の様子に、職員の方はもう慣れている。
 ふふふ、と笑いながら、世間話を振られた。
「独立記念日は、どうされるんですか?」
 ぐっ、と言葉に詰まったのは、まさに今、それを考えていたからだ。

 独立記念日は、一緒に住む恋人の阿部と、仲良く休日を楽しみたかった。
 たまにはブルックリンの方まで足を伸ばして、川沿いの公園で野外イベントを楽しんだり。ブルックリンブリッジを歩いたり。
 そして夜には、そこで行われるメイシーズの花火を、ビールを飲みながら見たかった。
 人混みを嫌う阿部のために、こっそり準備を進めてもいたのだ。
 なのに、その阿部は――。
『ワリー、パーティに呼ばれちまった』
 そう言って、先に予定を入れてしまった。
 はあ、とため息をついても、他人のスケジュールを変更させることなどできない。
 付き合い始めたばかりの初々しい恋人という訳でもないのだから、何が何でも2人の時間優先で、とワガママも言えない。

 けれど、やっぱり諦めきれなくて、短冊を前に悩んでしまう。
 「阿部君と花火が見れますように」、と、まさか端的に書いてしまう訳にもいかないけれど、それに似たような願いは書きたい気もする。
 例えば、「楽しい独立記念日になりますように」とか。「恋人と祝日を過ごせますように」とか。
 ただ問題は、独立記念日が7月4日だということだ。
 4日の願い事を、七夕に願っても意味がないだろう。願い事が叶うのは、確か七夕の夜、晴れていればの話である。
 というかそもそも、本来の七夕は旧暦の7月、つまり現代では8月。当分先だ。
 けれど、今のところ三橋には、目前の祝日のことしか考えつかなくなっていて……。
「ジュライ・フォース……」
 ぼそっと呟きつつ、短冊を弄ぶしかできなかった。


 夏休み前の雑務を色々こなしてアパートメントに戻ると、先に阿部が帰宅していた。
「お帰り」
 寝室から声がするので覗いたら、ランドリールームに行ってくれていたようで、たくさんの洗濯物に囲まれていた。
 2人が住むこのアパートメントは、築100年になるかというアンティーク物件で、外観はオシャレだが水回りが古い。
 各部屋に洗濯機は置けないようになっているため、地下に共用のランドリールームが設置してあった。
 実は、2人が出会ったのもそのランドリールームだ。
 毎回洗濯物を抱えて、地下まで階段を上り下りするのは大変ではあったけれど、思い出の場所なだけに、そう面倒には思わなかった。

「洗濯、してくれたの、ありがとう」
 荷物を降ろしながら礼を言うと、阿部は「おー」と笑って、ダイニングの方をアゴで差した。
「さっきさ、隣から引っ越し祝い貰ったから、ちょっと見といてくれ」
「引っ、越し?」
 三橋は首をかしげたが、言われた通り、素直にダイニングテーブルに向かった。
 こういう賃貸のアパートメントで、律儀に引っ越しの挨拶に来るとは珍しい。日系人だろうか?
 その予想は間違いでもなかったようで、テーブルの上にあったのは、藍染のハンカチセットだった。
 しっかりとした大判で2枚、ゲイカップル用にと買った訳ではないだろうが、阿部とペアで持つのに丁度良くて、嬉しいなぁと思う。

「日本人、だった?」
 そう訊くと、阿部が寝室から顔を出して、「おー」と言った。
 片付けは終わったのだろうか。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、三橋の目の前でごくごくと飲む。
「タカセとか言ったかな。日本から渡米したばっかだってよ」
「へ、へぇ……」
 ハンカチを眺めながら、返事する。その肩にたくましい腕が伸ばされて、抱き寄せられてキスされた。
 ミネラルウォーターに冷やされた唇と舌が、たちまち三橋を熱くする。

 一緒に住み始めて、2年。
 祝日をわざわざ一緒に過ごそうと、躍起になる程ではないけれど、はたから見ればまだまだ十分、仲のいい恋人同士だった。

(続く)

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