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Season企画小説
掛け算の浅漬け (2011巣山誕・2年直前・ほのぼの)
 明日は入学式だ。
 たった10人の野球部に、いよいよ後輩が入って来る。春休み中から練習に参加してくる連中もいて、もう2年なんだって、実感する。

 昼メシ時、10人並んでベンチに座る頃。一度家に帰ってた田島が、元気に走って戻って来た。
「巣山ー! 誕生日、おめでとーっ!」
 田島が、カゴに山盛りのイチゴをオレに差し出した。
「おお、……サンキュー」
 摘みたてなんだろうか、まだ洗ってなくて、土や枯葉なんかのゴミが付いている。
「後で洗って食べようぜー」
 にかっと笑って、田島が言った。
 ちなみにオレは、果物が得意じゃない。
 愛想笑いをしてると、田島がむくれた。
「何だよー、じゃあ青虫でも持って来たほうが良かったか?」
 いや、それも微妙だ。

 続いてオレの前に、今度はタッパーが差し出された。
「お、お、おめでと……」
 真っ赤な顔で、三橋が言った。
「サンキュー、三橋」
 受け取って蓋を開けると、中には春キャベツやキュウリ、白菜なんかの浅漬けがいっぱい入ってる。野菜は好きだ。
「青虫は入ってねーぞー」
 オレんちの野菜だけどな、という田島は取り敢えず無視して、三橋に訊いた。
「お前が作ったんか?」
 一口食べてみる。結構味がしみててうまい。
「美味いぞ」
 褒めてやると、三橋は真っ赤な顔を更に赤く染めて、ふへへ、と笑った。

 周りの連中も、次々に手を出して摘んでいく。
「三橋、作るとき手で握った?」
「三橋が握力に任せて漬物作ってる図って、想像したらシュールだな」
「よく漬かってんぞー」
 おいおい、オレのプレゼントじゃねーんかよ。そう思わなくもねぇけど、皆に褒められてる三橋が嬉しそうにしてっから、まあいいや。



 三橋が料理できるっつーのは、夏合宿の時に知った。
 何でも、母親の帰りが遅いから、小学校のときは父親と一緒に夕飯の支度する事が多くて、手伝う内に色々覚えてったんだそうだ。
 道理で豪快な作り方をすっけど、年季入ってるせいか、結構うまい。
 しかし、この浅漬けは……ちょっと意外だった。いや、いかにも「男の浅漬け」みたいな外観をしてっけど、味付けが繊細っつーか、三橋らしくねーっつーか。

 塩昆布とか入ってっし。

 弁当の白メシの上に、浅漬けをちょっと置いて、一緒に食ってると……三橋の隣に座ってた捕手が、後ろからオレに耳打ちした。
「その昆布、オレの気持ち」
 ぶふっ、とか吹きそうになるのを必死でこらえた。
 昆布の気持ちって、どんなキモチ!?
「混ざり合うっつーか」
 バッと後ろを振り向くと、目が合った。にやーっと笑う阿部の横には、夢中で食事中の三橋がいる。
 三橋が、オレの視線に気付いた。
 何だろう、って感じで、きょとんと首をかしげてる。
 そんな無邪気な三橋に、阿部が言った。
「昆布、なっ!」
 すると三橋は、うん、と大きくうなずいた。

「その昆布、阿部君のアイデアだ、よっ! 野菜だけ、昆布だけでも美味いけど、混ざり合ったら旨みが増すんだって!」

 ……ああ、そう。
 まあ、そうだよな、そういう意味だよな。
 けど何でかな、こう……いやーな感じに聞こえて来んのはさ?
 ふと花井と目が合った。微妙な顔をしてる。

「巣山ー、これ、オレの気持ち」
 水谷が、自分の弁当からハンバーグを一つくれた。
「オレも」
「オレも」
 そうして弁当箱の中に、いろんなおかずが積まれていく。
 泉は菓子パンをくれた。花井は缶コーヒーを。
 西広と沖は、帰りにコンビニで奢ってくれるそうだ。


 去年の誕生日は、入学式を控えて、何だか気もそぞろだった。誰にも知らせねーで5月になって……三橋んちで、一緒にローソクやったんだよな。
「食おーぜー」
 先に弁当を食い終わってた田島が、さっきのイチゴを洗って来た。
「おー。巣山、おめでとー」
「おすそ分け、いただきまーす」
 オレは果物、得意じゃねーし。でも、気持ちとして一個だけ貰っておく。

 それより、さっきの浅漬けを貰おう。阿部のセリフはともかく、昆布効果で美味かった。
 けど。
「巣山ー、おすそ分け、ごちそうさーん」
 そんなセリフと共に、空っぽのタッパーが帰ってきた。
 うわ、嘘、オレちょっとしか食ってねーけど?
 空っぽのタッパーを持って呆然としてたら、阿部がにやにや笑いながら近付いてきた。
「また作ってやるよ。オレ×三橋でな。料理って足し算だったり、引き算だったり………」
 わざわざ一旦、言葉を切って。 

「掛け算だったりするんだな」

 阿部はそう言って、去ってった。
 いや、ホントにそう言うけどさ。調味料の加減とか食材の組み合わせとか、そんな感じだけどさ。
 ……お前が言うと、何か違うように聞こえんのは何故なんだ?
 あ、また花井と目が合った。
 うわ、花井、頼むから。同士を見るような目で、オレを見るのはやめてくれ!

  (終)

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