Season企画小説
運転手の独り言・後編
阿部っていうのは、例の三橋の恋人だ。
直接話したことはあんまねーけど、なんつーか……プライドの高そうな男だった。
舌打ちしてー気分で車に乗り込む。
車っつっても、リムジンじゃねぇ。別の社用車だ。まあ、これも黒塗りの高級車ではあるけどな。
で、向かうのは、阿部メンテナンスって会社の小さな事務所。三星とも取引のある、空調や水回りのメンテナンス会社だ。
ヤツんちは、自宅の一部が事務所になってて、親父が社長をやってるらしい。
規模が違ぇけど、一族経営って面では、三星と一緒だ。
三橋の話によると、阿部は結構有能で、優秀で頼りになる作業員なんだそうだ。
三橋もなぁ……あのキョドリ癖とどもり癖とウジウジとメソメソさえなけりゃ、あれで実は有能らしいんだけど……まあ、これは叶の話だから、8割方は願望かもな。
事務所前の駐車場の空いてるところに、乗ってきた車を停めてエンジンを落とす。
こじんまりした会社にふさわしい、こじんまりした事務所だ。
こんな会社、その気になったらすぐにでも潰せんだぜ? 簡単だ、うちとの契約を切っちまえばいい。
三橋はそこんとこ分かってねーんだ。
自分の立場とか、自分の社会的影響力とか。
そんで……その上で、三橋におもねらねー阿部の気持ちとかな。
オレが車から降りると同時に、阿部が事務所からのっそりと出て来た。
「何の用かって訊かねーの?」
オレが意地悪く言ってやると、阿部はふんと鼻で返事して、「分かってっかんな」と言った。
分かってんなら話は早ぇ。
「部外者が口出すことじゃねーと思うけどさー。仕事になんねーと困るんだよ。頼むから下んねーケンカは週末にやってくれ」
下らなくない、と――三橋なら言うんだろうけど、阿部はさすがに言わなかった。
「……あいつ、どうしてた?」
って、オレに訊いてくる辺り、ちょっとは気にしてたんだろうか?
つか、だったらケンカすんなって話だよな。
他人の恋路なんか、正直どうでもいーけどさ。ホント、三橋泣かされると仕事になんねーから!
せっかくの誕生日だっつのに、こんなとこ来てこんなコト、オレだって言いたかねーけど! これも仕事だから!
「昼までに! メールでいいから連絡取ってやってくれ! 午後には大事な商談があるんだよ!」
阿部は返事をしなかったけど、オレは言うだけ言って車に戻った。
叶は「気持ちを訊いて来い」つってたけど、そんなの人づてに聞くもんじゃねーと思うし、言うだけは言ったし。
はー、もう、誕生日にホモの恋愛のもつれとか、聞かされたくねーんだけど。
ため息をついてスマホを取り出し、この後のスケジュールを確認する。
副社長の商談は午後1時から。今11時だから、まだちょっと時間あるよな。
朝から疲れたし、イレギュラーな使いっ走りさせられたついでだし、誕生日だから、社に帰る前にちょっとラーメンでも食いに行くか。
そうと決まりゃ善は急げだ。叶からの呼び出しやら無茶振りやらが来ねー内に、社への帰り道から脇道に逸れる。
ラーメン屋に、こんな黒塗り高級車はどうよって気もするけど、リムジンよりゃマシだし、いいだろう。
生来の強面と、黒のスーツと黒塗り高級車の3コンボのせいで、オレの周りだけ人がいなかったけど……まあ、気にしねぇ。ラーメンは美味かった。
きちんと歯磨きしたし、乗ってた車も違うからバレネーだろうと思ってたのに、三橋の嗅覚はスゴかった。
「ら、ラーメンの匂いがする」
くそ長いリムジンの後ろに乗っていながら、くんくん鼻を動かして、「は、畠君、ずる、い」とか言われた時は、さすがにビビった。
「えっ、臭うか?」
とっさに叶に訊いたら、「マジで食ったのか?」って言われてバレた。
「オレらが会議出てる間に、お前ってヤツは……」
叶がぶすっと低い声を出したら、三橋も三橋でぶつぶつと言う。
「お、オレが寄りたいって言ったら、いつもダメって言うくせにっ」
って――あのな、だからリムジンじゃ寄んのは無理だっつの。
まったく、食いモンの恨みは恐ろしいな。今も昔も、三橋は食い意地が張ってる。
でも、食欲出たって事は、阿部と仲直りできたんだろうか?
バックミラーからそっと覗くと、もう普段通りに戻ってる。まあ、朝がヒドかったからそう見えるだけかも知んねーけどな。
どうなる事かと思ってた商談も、まずまずいい方向で終わったらしい。
オレは側近つっても、そんなとこまでついて行かねーから、いつもどんな感じのやり取りなのか、見たことねーけど。
でも、こうして一つ一つ商談をまとめてくトコ見ると、三橋が有能だってーのも、案外叶の妄想だけじゃねーのかも知んねぇ。
数時間に及ぶ商談を終えて、夕方。会場になってた高級料亭を後にして、三橋を自宅マンションに送る。
駅前のスリースターズマンション。
リムジン乗ってるようなヤツが住むには、ちょっとカジュアルな分譲マンションだけど……でも、住宅街や家族向けマンションなんかに、こんな車横付けしたら、目立つってもんじゃねーもんな。
その点駅前はロータリーになってるし、車通りもあるから逆に埋もれるだろう。
それに何と言っても、1番の利点は、Uターンに困らねぇって事だと思う。長ぇーもんなぁ、全長。
いつものようにロータリーに侵入し、いつものようにマンションの前でリムジンを停める。
いつものように車を降り、いつものように回り込んで、いつものようにドアを開けて……『あっ』と心の中だけで驚く。
マンション前に、阿部がいた。
すぐそこのケーキ屋の、ケーキの箱持ってる。
バカか、そんな近所じゃなくて、もっと遠い店のケーキ買って来いよな。
けど、三橋はそんなんでいいらしい。つか、ケーキはおまけらしい。
「阿部君!」
ぱあっと笑顔になって、子犬のように車から飛び降り、阿部にガバッと抱きついた。
中でやれ、中で。
ホントは「失礼します」とか言わなきゃならねーんだろうけど、もうオレはガン無視でドアを閉め、運転席に戻ってハンドルを握った。
けど、発信しようとした直前。コンコンコン、と助手席の窓ガラスが叩かれた。
阿部だ。
ガーッとボタンで窓を開けると、「悪ぃ」と阿部が身を乗り入れて……そして、持ってたケーキの箱を、助手席に置いた。
「今日は世話かけたな。誕生日、おめでとう」
不覚にも、一瞬リアクションできなかった。
え、誕生日って、オレ言ったっけ? ケーキ? って、それオレの? えっ?
「お……おー、サンキュー」
三橋じゃねーから、びっくりしてたって礼くらいは言えるけどさ。
阿部が三橋の肩を抱いて、マンションの中に消えた後も。オレはしばらく呆然と、貰ったケーキの箱を見てた。
「なに赤くなってんだよ」
突然叶の声がして、ギョッと後部座席を振り向く。
そういや、料亭から直帰だったんだから、当然こいつも乗ってるよな。
いや、忘れてはなかったけど。つか、黙って見てんなよ。つか……。
「お、お、お前……」
三橋みてーに激しくドモってたら、叶はため息を一つついて、「キモッ」とぼそっと呟いた。
確かにさ。オレみてーなゴツイのが、顔赤らめてドモッてキョドってうろたえてたって、キモいだけかも知んねーけどさ。
つーか、そうだよ、誕生日!
なんで部外者の阿部が唯一なんだよ?
お前ら! お前と三橋、コラ、オレになんか一言ねーのかよ!?
(終)
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