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小説 1−8
キミのいない空・2
 いい案だと自分でも思った。
 お金の心配もなく、野球や勉強に励むことができるなら、それでいいんじゃないか、って。
 一緒に野球できないのは寂しいけど、でも阿部君が野球を辞めちゃう方がもっと寂しい。せっかく実力あるんだし、続けて欲しいって思った。
 夜、さっそくじーちゃんに電話した。
 じーちゃん、最初は『ダメだ』って言ってたけど、「大事な人なんだ」って口下手なりに一生懸命説明したら、最後には『まあ、いいだろう』って言ってくれた。
 代わりに、当面はクリスマスプレゼントもお年玉も無しだって言われたけど、オレ、もうそんな子供じゃない、し。阿部君の方が大事だから、即答でうなずいた。
『しばらく見ない内に成長したな』
 じーちゃんに電話口でしみじみと言われたけど、自分じゃあんま実感はない。でも、もしオレが成長したんだとしたら、それは間違いなく阿部君のお陰だ。
 お正月には群馬に返るようにって言われて、それからおばーちゃんとも少し話して、嬉しい気分で電話を切った。
 モモカンの話を聞いた直後から、ずっとどよんとしてたけど、これで大丈夫って思ったら、すっごく気分も軽くなった。

 朝、自転車置き場で阿部君を見かけた時は――さすがにドキッとしたけど、勇気を持って声を掛けた。
「阿部君、あの……」
 すると阿部君はびくっと肩を跳ねさせて、ゆっくりこっちを振り向いた。
「モモカンから聞いたか?」
 静かに訊かれて、こくこくとうなずく。
「……まあ、そういうことだからさ。お前と甲子園は行けなくなっちまった。ごめんな」
 謝られて、ぷるぷると首を振る。だって、阿部君が謝る事、なにもない。悪いのは阿部くんちのお金を騙し取った犯人だ。
「謝る事、なにもないよ」
 オレがそう言うと、阿部君は「そうか」ってちらっと笑った。

「まあ、でも、浜田がやってるみてーにさ。野球部辞めても手伝いくらいはできるから。バイトない日には、お前の球も受けてやれるし。一緒に……」
 それを聞いて、またオレは首を振った。
 ああ、やっぱり阿部君は、野球辞めたい訳じゃないんだ。それが分かって、嬉しかった。
「受けなくて、いい、よっ」
 だから、オレがそう言ったのは、ホントに阿部君のためだった。
「オレの球、無理して受けなくていい。阿部君、三星に行って!」
 阿部君は最初、オレの言ってる意味がよく分かんなかったみたいで、きょとんとしてた。形のいい垂れ目をびっくりしたみたいに見開いて、「はあ?」って眉を寄せた。
「……何の話? 三星……?」
 訊き返されて、こくんとうなずく。
「三星なら全部タダだ。バイトしなくてもいい、から、野球もできる。阿部君、野球辞めなくてもいい、よっ」

 いいアイデアだって思ったんだ。自信があった。
 阿部君が群馬に行っちゃったら、あんま会えなくなる。そう思うと寂しいけど、でも、毎日会えるのに、一緒に野球できない方が寂しい。
 阿部君の顔、裏グラのフェンスの外に見たくない。
 そりゃ、ハマちゃんには確かに時々手伝って貰ってるけど……でも、やっぱりハマちゃんは応援団で、野球部じゃない。
 阿部君だって、応援したい訳じゃない、でしょ? したいのは野球でしょ?
 だから、野球大好きな阿部君なら、1も2もなく喜んでくれるだろうって思ってた。
 けど――。

「オレに、三星行けっていうのか?」
 阿部君は顔をこわばらせ、すっごい低い声で言った。
「お前なぁっ!」
 ホントに本気で怒った顔で、怒鳴られて飛び上がる。
 間違った、と思ったけど、何が間違いだったのか分かんない。一瞬で胸の奥が凍って、言い訳も謝罪も浮かばない。
 阿部君の方も、怒りすぎて言葉が出ないみたいだった。
 周りの人たちが、ざわざわとざわめきながら教室に向かう。立ち竦んだまま、呼吸の仕方も分かんなくて身動きが取れない。
 やがて阿部君が、ふっと歪んだ笑みを浮かべた。
 笑ってたけど怒ってるのは確実で、ますます背筋がぞっとする。

「そんなんで、オレが喜ぶとでも思ったのか!? 野球部辞めても一緒にいてぇ、って。一緒に、バックスピンの練習やフォームの改造、やって行きてぇって。思ってたのはオレだけだったのかよ!?」

 叩きつけるような言葉もショックなら、ドンと胸を押され、突き転ばされたのもショックだった。
「うわっ」
 悲鳴を上げて、反対側の自転車置き場に倒れ込む。
 オレのぶつかったとこから、ガシャガシャガシャンと音を立てて、ドミノ倒しになってく自転車。
 慌てて立ち上がり、自転車と阿部君とを見比べる。
 「ケガねぇか?」なんて優しい言葉はなかった。手の心配も、体の心配もして貰えない。倒れた自転車を、起こす手伝いもして貰えない。
 ダッと阿部君が校舎の方に走ってく。
 オレは、それを追いかける気力もなくして――彼の背中が見えなくなるまで、そこから1歩も動けなかった。

「三橋、どうした?」
 田島君にポンと肩を叩かれて、じわっと涙ぐむ。
 倒しちゃった自転車を、2人で一緒に起こしてると、その内知らない人たちが1人2人と手伝ってくれて、それにもなんでか涙が出た。

 自転車置き場での騒動は、花井君の耳にも入ったみたいで、昼休みに何があったのか訊かれた。
 三星のこと、しどろもどろに口にすると、「ばーか」って呆れたようにゲンコツをくれた。
「そりゃ三橋、お前がワリーぞ」
 冷静に諭すように言われたら、そうなのかなって反省するしかない。
 でも、悪い話じゃないよね、って、賛成してくれる人もいた。
「バイトしながら高校に通うって、言う程簡単なことじゃないよ。救いの手があるなら、迷うべきじゃない」
 って。
 じーちゃんから話がいってたみたいで、学校から帰った後は、オヤにも怒られた。

 でも、じーちゃんは、喜んでたんだって。
 三星にいる時は孤立しちゃって、友達って呼べる人は誰もいなかったけど――西浦には、いるんだな、って。笑って野球できてるんだな、って。
 そのきっかけをくれたのが阿部君なら、彼が困った時に手を差し伸べてあげようって思うのは、そう間違った考えじゃないぞ、って。

(続く)

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