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小説 1−8
キミのいない空・3
 親同士がどういう話し合いをしたのかは、オレたちには何も知らされなかった。
 阿部君は、オレと口をきいてもくれなくなったし、野球部の練習にも一切顔を出さなくなった。
 じゃあ他のみんなはって言うと、似たり寄ったりの状況らしい。
 阿部君は毎日学校に来て、毎日ちゃんと授業を受けてる。でも、誰とも会話してないし、休み時間には教室にいない。お昼も、どこで食べてるのか分かんない。
 ……阿部君に関して分かるのは、こんだけだった。
 オヤも、「大人の話だから」って言って、経過を教えてはくれなかった。
 あの自転車置き場の一件から1週間が過ぎ、2週間が過ぎて……やがて12月に入ってすぐ、阿部君が転校するって話を聞いた。教えてくれたのは、うちのお父さんだ。
 転校先は、群馬の三星学園。来年に受験を控えた阿部君の弟も、中等科に一緒に入学する、って。
 費用は、無利子で出世払いってことになったみたい。
 無償で全額免除っていうのは抵抗があるみたいだから、それは阿部君やおうちの人の判断に、任せることにしたんだって。

 引っ越しは12月半ば、期末試験が終わってすぐ。
 もう12月なんだし、2学期が終わるまで埼玉にいたらって、阿部君のご両親は言ったらしいんだけど――阿部君が「今すぐ行きたい」って希望したんだって。
 どうしてそんなに急ぐんだろう? 1日でも早く、オレから離れたいのかな?
 バックスピンの練習も、フォームの改造も、付き合ってくれるつもりだった阿部君。もうその可能性はなくなったんだって、自覚してようやく、喪失感に気付いた。
 どれだけの覚悟で決めたんだろう、って。思ったら、泣きたくなった。
 その覚悟も、ささやかな願いも、全部オレ、無駄にしちゃったんだ、な。怒られるハズだ。じーちゃんよりも先に、阿部君に相談するべきだった。
 ……今更気付いても、遅いけど。

 あの後、花井君たちに付き添われ、7組の教室まで謝りに行った。
「阿部君、ごめん」
 けど、教室で深々と頭を下げたオレに、阿部君は何も言わなかった。
 ガタン。席を立つ音を聞かされ、ハッとして目を上げると、阿部君はそこにいなくて――。謝罪の言葉さえ受け取って貰えないまま、テスト期間に入っちゃった。
 テスト前、阿部君のご両親と弟さんが、揃ってお礼を言いに来てくれたけど、その時も阿部君は来なかった。
 やっぱりずっと怒ってるんだな、って、胸の奥が寒くなる。
 一生許して貰えなかったら、どうしよう? 考えるだけで、鳥肌が立つくらい心細い。

「あいつ、照れてるだけなんだよ。許してやってくれ」
 オジサンにそう言われ、曖昧にうなずく。
 オレが許す方じゃないんだから、「許してやって」って言われると、居心地が悪い。
「おっ、オレの方、こそ。勝手なこと、して、すみません、でし、た」
 深々と頭を下げて謝ると、阿部君よりも大きな手でぽんぽんと頭を撫でられる。
「いや、旬の受験もあったから、正直助かったよ」
 その旬君からも、「ありがとうございます!」って笑顔でお礼を言われたから、ちょっとだけ救われたような気分になった。
 子供たち2人の学費や、旬君の入学費諸費用が浮いたから、ちょっとだけど状況もいい方に変わったんだって。
 最初、北陸の親戚を頼るって計画だったけど、夫婦2人だけなら、ワンルームのアパートでも住めるから……北陸じゃなくて埼玉で、やり直しができそうだ、って。

「おいさんには、人脈と技術があるからね。これでひとまずやってみるよ」
 晴れ晴れとした顔で笑うオジサンは、明るくて大きくて頼もしい。
 オバサンも旬君も、笑顔で。「ははは」って大声で笑う様子につられて、オレも久々に笑顔になれた。

 そうだ、修ちゃんにメールしよう。そんな考えに行き付けたのも、オジサンたちに会えたお陰かも知れない。
 幼馴染の修ちゃんは、三星で硬式野球部に入ってる。
 ゴールデンウィークに対戦したから、きっと阿部君のことも印象に残ってるだろうし。全く知らない状態から始めるより、きっと溶け込みやすい、よね。
――今月から、阿部君が三星に転入するよ――
 短いメールを送ると、修ちゃん、ちゃんと阿部君の名前覚えててくれたみたい。すぐに電話くれて、色々話した。
 詳しいいきさつは話せなかったけど、阿部君がどんなにスゴイ捕手なのかってことは、いっぱい説明できたと思う。
『畠のピンチだな』
 修ちゃんは、冗談っぽくそう言ってケラケラと陽気に笑ってた。

 こうして修ちゃんと電話やメールができるようになったのも、全部阿部君のお陰なんだ。阿部君が、三星に勝たせてくれたから。オレもようやく前に進めた。
 もう、オレなんかが力になりたいとか、図々しいことは考えてないけど……でも、こっそり応援くらいはしたい。
 阿部君が、笑顔で野球できますように。
 いきいきと野球する阿部君の姿を、また見ることができますように。
 いつか阿部君と一緒に、また野球ができますように……。
 身勝手な暴走で、彼を傷付けちゃったオレだけど。こっそり祈らずにはいられなかった。
 2学期の期末テストが、1科目1科目終わってく。
 阿部君が西浦を発つ日が、1日1日近付いてくる。
 謝罪も受け入れて貰えないまま、7組の教室にも行けなくて――。

――話がある――
 阿部君から短いメールで、誰もいない部室に呼び出されたのは、試験最終日の放課後だった。

(続く)

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