小説 1−8
キミのいない空・1 (原作沿い高1・阿→三・切なめ)
阿部君の様子がおかしいって、最初に気付いたのは田島君だった。
「アイツ最近、浜田とよくつるんでんな」
って。
そういえばさっきも阿部君、9組の教室に来て、浜ちゃんと連れ立ってどこかに行っちゃったんだっけ。
「そういや、珍しく浜田が真剣な顔してたよな」
泉君の話を聞きながら、お弁当のサンドイッチにかぶりつく。
阿部君とハマちゃん、そんなに仲良かった、っけ? ぐるっと教室の中を見回しても、2人の姿はどこにもない。
教室の引き戸の方に目をやったけど、阿部君の黒いツンツンの頭も、ハマちゃんの色の薄い長髪も、どっちも近くには見えなかった。
「なんか聞かれたくねぇ話でもあんのかな?」
ばくばくと弁当を平らげながら、田島君が首を傾げる。
「どうだかな」
相槌にもならない返事をして、泉君が箸を置く。
オレは、残りのサンドイッチをむしゃむしゃと食べながら、何も考えずに牛乳を飲んだ。
そういうコトがあったから、それ以来、注意して阿部君のことを見るようになった。
浜ちゃんと連れ立って教室を出てったのは、数回。それ以降は、モモカンやシガポと話してるのを見かけることが増えてった。
阿部君と同じクラスの花井君や水谷君も、何か変なの感じてたって。
「阿部、最近おかしくねぇ?」
食堂で会った時、田島君が2人に訊いて――花井君たちは、困ったように顔を見合わせた。
「担任ともよく話してんだよな」
と、そう言ったのは花井君だ。10月の終わり頃からだったって。もう1ヶ月も経つのに、オレ、何も気付かなかった。
モモカンやシガポ、担任の先生にまで何かを相談してるらしい阿部君。でも、一体何を相談してるのか、誰も詳しくは知らないみたい。
唯一知ってそうなのはハマちゃんだけど、真面目な顔で「話せない」って言われたら、それ以上は訊けなかった。
「阿部が1番辛ぇんだ」
って。
「分かってやれ」
ぽんと肩を叩かれて、曖昧にうなずく。
それって、阿部君から直接教えて貰うまで、詮索するなってこと、なの、か?
阿部君はオレの恩人だ。一度は野球をやめようとしたオレに、居場所と自信と未来をくれた。
誰からも認めてもらえなかったヒョロ球を、最高の武器だって言ってくれた。オレを、ホントのエースにもしてくれる、って。
苛立たせたり、怒らせたりもあったけど、怒ったってどうしようもないことは、阿部君は怒らない。
たまに意見の衝突もあったけど、阿部君がオレのこと1番に考えてくれてるのは変わらない。オレの1番の理解者で、オレの1番大事な人だ。
だから、阿部君が困ってるなら、オレだって何でもしてあげたい。オレにできることは多くないけど、頼って欲しいなって思った。
だから――。
「阿部君が、野球部を辞めることになったの」
モモカンから真面目な顔で言われた時も、オレ、何かできないかなって一生懸命考えた。
事の始まりは、阿部君のお父さんが、部下の保証人になってあげたことだったんだって。結婚する前に家を建てたいって言ってて、真面目な人だったし、信じちゃったって。
でもその部下の人は、借金を踏み倒して夜逃げして――夜逃げしたついでに、会社のお金もごっそり横領してったんだって。
犯人はまだ、捕まってない。
阿部君のご家族は、親戚を頼って北陸に引っ越ししちゃうらしい。
阿部君は、ハマちゃんみたいにアパート借りて、1人で西浦に通い続けるらしいけど、でも、バイトすることになるから、野球は続けられない、って。
西浦は公立だから、私立よりは安いのかもだけど、やっぱり授業料だけでも年間10万は越えちゃうし。設備費とか教科書代とか色々いるし、やっぱお金かかるよね。
野球もお金かかる。
練習着とかアンダーとか、ソックスもシューズもいるし。遠征費だって、色々いる。
そんな中、阿部君が野球を断念するって言うのは仕方のないことで……。
「私たちにはどうしようもないの。1番辛いのは阿部君よ」
モモカンに、ハマちゃんと同じことを言われて、誰も何も言えなかった。
ショックは後からじわじわ来た。
もう阿部君とバッテリー組めないんだな、って。夏の時みたいに、ケガで離脱してる訳じゃない。もう組むことはないんだ。
実感すればする程、どうしようって手足が震えたけど、モモカンにも言われた通り、オレなんかにはどうしようもない。
阿部君がハマちゃんにだけ相談してた訳が分かった。阿部君は阿部君なりに、野球のない未来を見据えて進もうとしてる。
オレもみんなも、阿部君のいない未来を、ちゃんと見つめて進んで行かなきゃいけないんだ。
けど……。
それで、ホントにいいのかな?
ハマちゃんみたいにケガしたって訳でもない。むしろ、ケガから復帰してこれからって時なのに。誰よりも野球を愛してて、誰よりも野球に熱心だったのに。
阿部君から野球を取り上げちゃっていいのか、な?
お金かかんなくて、野球を続けられる方法って、ないのかな? その疑問を晴らしてくれたのは、誰かが言った一言だった。
「うちの高校には、スポーツ特待制度とかねーもんなぁ」
「ス、ポーツ特、待?」
その言葉には聞き覚えがあった。
一般的には、入学金とか授業料とか、そういうのが免除されるだけらしいけど……じゃあ、一般的なのじゃなかったら?
例えば、オレのじーちゃんが理事長をやってる、三星なら?
オレが頼めば、今からでも、どうにかなるんじゃないのかな?
(続く)
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