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結城 慶士
雨のカフェ




どういう意味なの?


そのひとことが聞けなかった。



臆病だから。
傷つくことを恐れてる。



そして、すごくガッカリしてる。















「…美乃里ぃ〜?」
私の目の前で夏菜が手をヒラヒラさせた。
いきなりの大声で私は目を丸くする。
「び、ビックリした!」
「…美乃里ストローくわえたままフリーズしたから、生きてんのかと思って」
夏菜が心配そうに私を見る。
ああ、そうか。もうお昼休みだったんだった。
「ごめん、大丈夫」
気を取り直して、弁当箱のおかずを掴む。



“…邪魔しないで”


ふと、彼女の声が私の耳に響く。
朝からずっとこうだ。
鮮烈に鮮明に、彼女の声が顔が残っている。
そうだよ、結城くんかっこよかったし、彼女がいてもおかしくない。
何を私は勘違いしていたんだろう。


膨れっ面をして、おかずにぱくついた私を見て、今度は夏菜とチハルが目を丸くした。
「美乃里、悩み事?」
「…え?ううん」
「百面相だねぇ」

チハルが意味深に呟いて、ご飯を食べるのを再開した。
…チハルや夏菜から見て、今日の私変だよね。
すごくイラついているように見えるよね。



わかってるのに。
彼は私のものではない……。














「また雨」

どんよりと有栖川を包む雲に、私はため息をついた。
この空は私を映したようだ。
まるで、泣いているみたい。


パン、と傘を勢いよく開く。
そして駅から歩き出した。



「…柄園サン!」
背後から声が飛んできて足を止めた。
…あ……
東高の制服を着た男子が鞄を雨よけにしながら、私の方へ駆け寄ってくる。
それは……、結城くんだった。


「いきなり降り出したね」
私の傘に入って、彼が肩についた雨を払う。
「…うん」
やだ、顔が近くて赤くなる。
彼は何の気なくやっていることだろうけど。
「ちょっと雨宿りしない?あそこのカフェとか」
彼が指をさす。
駅前の本屋のその向かい。
コーヒーの絵がガラスに書いてある、小さなカフェだった。

「行ったことあるの?」
あまり知らないカフェなので、……というか、行ったことある人に会ったことない。
「ないよ。でもいいじゃん?」
結城くんが笑う。
まるで知らない土地に足を踏み入れた冒険家みたいに、好奇心の溢れる笑顔。
「ほら、行こう」
「きゃ!」
彼に手を掴まれて、私たちは走り出した。






雨はさらに強さを増し、アスファルトに水溜まりを作った。
ローファーが地面を叩くたび、靴下に雨水が跳ねつく。
カフェにたどり着く頃には、私たちは泥だらけだった。
「あ、ごめん」
彼が私の足元を見て言う。
「ううん。なんか楽しかったし」
私は彼を見上げて笑った。
この人、まったく読めない人だけど、すっごく楽しい人だ。悪気とか企みとか全然感じられない。
「あ、そう、ならいいけど」
彼が濡れた髪を払って、カフェの扉を開けた。
「いらっしゃいませー」
コーヒーの香りに包まれる。





「雨、やまないね」
窓際の席に通され、彼が空を見上げながら言った。
空はいまだに暗雲に覆われ、日の光の気配すら感じない。
「そうだね」
でも、それでもいいような気がした。
だって今、今だけ、彼は木村さんの彼氏じゃなくて、私の彼氏に見えるでしょ。



「お待たせ致しました」
目の前にケーキセットが置かれる。
ダージリンティーの甘い香りが食欲をそそった。
「おいしそう」
彼が私のケーキを見て、呟く。
「一口ください」
「あ、いいよ」
彼にフォークを差し出す。
「いやいやいや」
彼がフォークを私に返す。
「え?」
彼を見上げると彼は人差し指で自分の口を差した。
もしかして…、「あーん」!?
「…んもぅ!」
真っ赤になってケーキにフォークを刺した。
手がちょっと震えてる。初めてだし、緊張する。
いや、違う。
心が震えてる。



「んまーい」
彼がニッコリ笑って言った。
「柄園サンも食べてみなよ」
「う、うん」
…ってコレ、間接キスだよね。
思い切ってケーキを口に頬張る。
「あ、間接キス」
「え!?」
見ると、彼が頬杖をついて、私を意地悪な顔をして見ていた。
私のしたことが急に恥ずかしくなって、下を向いた。

「ユデダゴ」
「!」
さらに恥ずかしくて、涙目になる。
「うそうそうそ。うまい?」
彼が穏やかな目をして笑った。
あ。
やっぱりこの瞳……、スキ。

「うん、おいしい」
「そっか」
彼が微笑したあと、背もたれに寄り掛かり、空を見上げた。
「このまま雨があがらなければいいのにって、思わない?」
「え?」
空から視線を戻す。


「俺は思う」










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