結城 慶士 忠告 『東石田でございます』 扉がガラッと一斉に開いて、私と結城くんは電車に乗り込んだ。 休日の夕方ということもあって、ラッシュもなく、車内はガランとしている。 結城くんはさっさと赤いシートに座って、私に隣に座るよう指差した。 「…今日はお疲れさまです」 今さら緊張してきて、なぜか敬語になる私。 「疲れた」 彼が溜め息をつきながら、ゆったりと座る。 夕日が窓辺から差し込んで、彼の後頭部を照らした。 その横顔になんだかドキッとして。 「…なんかピッタリマークついてて、動きづらかったよ」 「え、そうなの?」 「……うん」 彼が笑って私の目を見た。 この人、ホントになんでこんな優しい目をするんだろう。 夕日に照らされて、煌めいて、離せなくなる。 「今日、柄園さんがマジで来ると思わなかった」 声も、優しい。 「あの、暇だったから」 心の奥まで見透かされそうそうだった。奥の感情まで。 …奥の、感情? 「オレ、ヤバいな」 彼はそう言って、真っ赤になった私から目線をそらして前を見た。 …「ヤバい」? 何がだろう。 ヤバいのは私。 恋を…始めようとしている。 「じゃあ、また」 彼がそう言って、手を振り上げた。 確定のない「また」が、少しだけ寂しく感じた。 明日同じ電車に乗る確信なんてない。けれど約束もできない。 私たちは宙に浮いた、不安定な関係だから。 友達ともそれ以外にも当てはまらない、なにか不思議な関係。 「うん、またね」 精一杯の笑顔で見送った。 …ねぇ、私はあなたの通学電車にたまたま居合わせたただの女子高生です。 言いたいこともまともに言えない、臆病な私だけど。 君を好きになって、いいですか? 翌日。 列車のアナウンスが『東石田駅』と告げて、扉が開いた。 バッと開いた扉から、見たことのある女子高生が乗り込んでくる。 細い四肢と首。 栗色の髪を高い位置で1つに結んである。 真っ黒で長い睫毛が、繊細で美しかった。 この前の試合では気付かなかったけど……。 「あ、柄園さん」 向こうが…木村さんが気付いて、私の方を見た。 笑って話しかけたんだろうけど、明らかに目が笑ってない。 「久しぶり。まさか同じ電車に乗るなんて」 ニッコリ笑った彼女が、思った以上に美人なことに気付いた。 木村千代美さん。 結城くんの幼なじみ。 なんとなくその場に居合わせた関係で、私と彼女は並んで立った。 つり革につかまって、同じ速度で揺れる。 私より高い身長。細い体。長い足。 モデルなんじゃないかと思うほど、美しい顔とプロポーション。 なんだか並んでいる私が恥ずかしくなってきた。 流れる景色をただ傍観していると、ふと彼女が少しだけ動いたのに気付いて、顔を向ける。 「…ねぇ、やめてくれないかな?」 見上げた彼女は、窓の流れる景色を見ていた。 ハッキリと強い意思を持った、凛々しい横顔だった。 「…何が、ですか?」 同じ歳であるのに、思わず敬語を使う私。 「慶士のこと。慶士とは2年前からの付き合いだから」 「…え?」 『有栖川〜』とアナウンスが流れ、電車がガクンと揺れた。 私の体もガクンと傾き、バランスを崩す。 どういう意味なの? 心にチクッと感情が浮かぶ。 「邪魔しないでってことだよ」 彼女がそう吐き捨てて電車をおりた。 長いポニーテールが気高く揺れて、人混みに消えた。 2年前から、の付き合い…? 結城くんは、木村さんと2年前から付き合ってるの? [前へ][次へ] [戻る] |